社会

命の恩人忘れず 元米軍通訳兵の長男来沖 北中城

カチャーシーを踊る比嘉アルビンさん(右端)=24日、北中城村島袋の島袋公民館

 【北中城】米軍通訳兵として沖縄戦に従軍した比嘉太郎さんの長男で、米カリフォルニア州在住の県系3世、比嘉アルビン(愛作)さん(68)が4月24日、「帰米2世」の父が9歳まで暮らした北中城村島袋を訪れ、住民約120人が集まった。地元の島袋自治会は「戦時中、うちなーぐちで投降を呼び掛けた太郎さんのおかげで多くの命が救われた」と太郎さん宛ての感謝状を贈呈し、アルビンさんと抱き合った。

 「太郎さんのおかげで今の自分がいる」と感謝されたアルビンさんは「父を覚えていてくれてうれしい」と笑顔を見せた。住民と固い握手を交わし、カチャーシーを一緒に踊ったが、「戦争から村民が苦労して生活していたことを思うと悲しい」と複雑な表情も浮かべた。
 「悲しい気持ちとうれしい気持ちがある」と話すアルビンさん。太郎さんは従軍中に目の当たりにした県民の生活を戦後ハワイの人々に「島に人影なし、フール(豚小屋)に豚なし」と伝えた。ハワイの人々を説得し、ヤギや豚、医薬品などを船で送る支援の先駆けとなったことで知られる。
 「父は自分の行いをほとんど話さなかった」が、多くの写真を撮り、詳細を書き残した。その資料は県立公文書館などに寄贈された。
 父について調べているアルビンさんは、太郎さんを主人公にした音楽劇の米国公演で、太郎さんの役を演じたこともある。
 大田昌秀元知事とも親子2代で付き合いがある。「大田先生には『まるでお父さんを見ているようだ』と言われる」と照れる。
 「いばってはいけない」という父の教えは今も生きている。「沖縄の友人を増やし、父がつくった関係をつないでいきたい」とほほえんだ。
 アルビンさんは今回、沖縄戦で父の軌跡をたどるため宜野座村などを訪ねたが、その前の晩、亡くなった父の声で目が覚めた。「父は『うちなーぐちが沖縄を助けたが、今は話せる人が少なくなり危機的な状況だ。うちなーぐちを助けてほしい』と言った」アルビンさんは「これからうちなーぐちを勉強したい。離島の言葉もいろいろ話せるようになりたい」と今後の目標を語った。(清水柚里)
英文へ→Son of US veteran visits Okinawa, remembering how his father saved locals



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