『ゆずり葉の頃』 映画の黄金時代を知る大先輩から学ぶ


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 故・岡本喜八監督を、長年プロデューサーとして支えてきたみね子夫人が、旧姓の中みね子名義で映画監督デビューした。撮影開始時は、御年76歳。主演の八千草薫も、仲代達矢も、旧知の仲であるみね子監督のカメラの前で、実にみずみずしく輝いている。

 少女の頃にあこがれていた画家が個展を開くと知り、思い立って軽井沢へと向かった市子のちょっとした冒険旅行だ。物語が進むにつれ、そこは市子が幼少時代に過ごした街であり、淡い恋の思い出が刻まれていることが分かってくる。
 言っちゃなんだが、一人息子は巣立ち、一見、どこにでもいる普通のおばあちゃん。それでも、彼女たちには人生があり、ステキな恋のドラマも1つや2つあるのだ!という大先輩たちの主張に、はいっ、私の人生もこうありたいですっ!と思わず姿勢を正して敬礼したくなった。でも今頃襟を正しても、八千草の上品さと愛らしさは逆立ちしたってまねできませんが。
 陰の主役である軽井沢の街がまた、魅力的だ。ニュース映像などでみるような、観光客でにぎわうあの軽井沢じゃない。気ままな一人旅をする八千草に、優しく手を差し伸べる喫茶店のマスターや、ペンションのオーナー、美術館のスタッフたち。彼らを通して、新たな軽井沢と出合ったかのよう。感情の触れ合いを、街の息吹を、丁寧に撮る。日本映画界の黄金時代を知る大先輩から学ぶべきことは多々ある、と思わせてくれる佳作である。★★★★☆(中山治美)

 【データ】
監督・脚本:中みね子
音楽:山下洋輔
出演:八千草薫、仲代達矢、風間トオル、岸部一徳、竹下景子
5月23日(土)から全国順次公開
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中山治美のプロフィル
 なかやま・はるみ 映画ジャーナリスト。1969年水戸出身。スポーツ紙出身の血が騒ぎ、撮影現場やカンヌ、ベネチアなど映画祭取材に燃える。三池崇史、深作欣二、キム・キドク、アキ・カウリスマキなどひとクセのあるオヤジたちが大好き。
(共同通信)

(C)岡本みね子事務所
中山治美