「生まれてきてよかった」へたどり着くまで
すがすがしい読後感とはまさに! という小説だ。
シンプルなストーリーラインに、素直な気持ちで身を任せることをおすすめする。誰かの人生を生きることができるのが、小説のひとつの醍醐味であるとすれば、それを経た自分は、以前の自分とは違う形をしている。
少しだけでも善きものになっていると実感できたとしたらうれしい。
主人公の女性には父親がいない。膝の上に抱かれた記憶はあるが、8歳の時に行方不明になって以来ずっと会っていないし、戸籍上は非嫡出子ということになっている。母親からは、「立派な活動家で、事情があって私たちと離れ離れになった」とだけ聞かされていて、主人公自身もきっと「ひとかど」の人物なのだと思い込んでいたのである。
しかしビジネスで成功した母親が政界に進出することをきっかけに、母親の異性関係にまつわるスキャンダルが流出。
父は北朝鮮の工作員であり、母は父と別れた後、出世のために権力者の愛人になったという疑惑が報じられたのだ。
主人公には韓国籍の親友もいたので、別に差別意識を持っているつもりはなかった。しかし自らに朝鮮人の血が流れていると知ったら、強い嫌悪感が浮き上がってくるのを抑えることができなかった。さらに性を利用してのし上がろうとした母親のあさましさをも受け継いでいると考えたら、自分の存在そのものを否定せずにはいられなくなってくる。
さて、物語はここから始まって、冒頭に記した「すがすがしい読後感」へとたどり着くわけだから、この話は主人公が自らの出自を受け入れ、両親の子として生まれてきてよかったと思えるところまでの精神的な変遷を主としている。小説の題としては決して新しいものではないけれど、この題への作者による気配り、ギミックによらないストーリー運びが、すこぶる丁寧で真摯で優しい。
多くの読者の事情が、主人公ほど混み合っていないとしても、なんだか生まれてきてよかったな的な多幸感に導いてくれるのだ。とても自然に。
小説はこういうものでいいし、こういうものが小説なのだと思わされる一冊だ。
(朝日新聞出版 1800円+税)=日野淳
(共同通信)
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日野淳のプロフィル
ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。
朝日新聞出版 (2015-04-07)
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