巷には相変わらず自己啓発書やビジネス書があふれているわけだが、それらの中で異彩を放ち、売り上げも好調という松浦弥太郎さんの最新刊である。
松浦さんの生きる上での、そして仕事をする上での理念は「正直、親切、笑顔」。これだけを聞くと、そんなシンプルな!と驚かれる方もあろうが、彼はあまたのトライ&エラーの中で、それが今、いかに有効で有益であるかを実感してきた。そのあたりのことを自身の経験とともに記したのが本書ということになる。
なにも、いい人になろうという話ではない。いい人と言うとあまりにぼんやりしているので、似た言葉で考えるとして、お人よしでいれば、どこかで誰かが見ていてくれて、やがて報われることがありますよ、と主張しているのではないのだ。限られた人生の中で、自分のやりたいこと・やるべきことを実現し、健康で充実した日々を送るための手段としての「正直、親切、笑顔」なのである。
たとえば、のし上がっていく過程では誰かを蹴落としてもやむなし、目的達成を掲げたら周囲との不協和音も恐れてはいけないという言説がある。しかし、本当にそうなのだろうか? 高度成長期ならともかくとして、衰退していく一方の国に生きる人間として、そしてそこからルールも言語も異なる世界に出て行かなければならない世代の者として、旧来型の人生訓や処世術に身を委ねるのが合理的とは私には思えない。
松浦さんは「社会の歯車」になることをすすめている。歯車のひとつとして、人の役に立つ自分であることが、幸福への道であると説く。
<しあわせとは人と深くつながることに尽きる。人に愛される自分になることだ。/自分が持って生まれた「自分のできること」を、他者と外の世界に向かって働きかけていくことが、自己表現ではないだろうか>
もちろん、「社会の歯車」であることも容易ではない。「正直、親切、笑顔」も心がけるだけではなく、徹底しなければならない。
でもたとえそうだとしても、それだったらできるかもしれない、やってみたいと思うのは、私だけではないだろう。
(河出書房新社 1300円+税)=日野淳
(共同通信)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日野淳のプロフィル
ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。
![](https://ryukyushimpo.jp/tachyon/legacy/uploads/img5562d7b19d51d.jpg)
![](https://ryukyushimpo.jp/tachyon/legacy/uploads/img51da6bc267093.jpg)