著者は人気ロックバンド「RADWIMPS」のボーカル&ギターにして、全作品の作詞・作曲を担当する人物である。存在としてはお茶の間からやや距離があるので、ご存じない方も多いかもしれないが、この野田洋次郎さん、本当にすごいのだ。
何が?というと、その言葉。たとえば彼が「愛」という言葉を歌う(歌詞の中で用いる)のであれば、まずは「愛」が都合良く解釈され、乱用されてきた結果、本来の意味からかけ離れてしまっている現状を暴く。その上で、「愛」をまっさらな状態に戻そうとし、それだけで不十分ならば、かつて「愛」という言葉で表現されていた感情や概念に新しい名前を付けることはできないかと試行錯誤する。
このような、言語学的な、さらにいえば哲学的な思索を経た言葉の集積として生まれる歌詞は、音楽の力と融合して、聞き手の現実に新鮮なきらめきを与えてくれる。目に映るものの彩度や明度がぐっと上がるような感覚をもたらしてくれる。
かつて文芸編集者だった私は、野田さんのことをある意味どんな小説家よりも尊敬していて(新しい言葉を作る気概を持った小説家はいない)、彼の本を出したいとアプローチもした。タイミングや自分の力不足のために、実現することはなかったが、今になって、その読者になるという僥倖に恵まれた。
本書は日記である。2014年2月から約半年にわたって開催された「RADWIMPS」の全国ツアー中に書かれたもの。ライブ直前の楽屋で、終演後のホテルの部屋で、合間の休日に。備忘録として始められた日記は、やがて彼が、なぜ今、このように多く人に向けて音楽をやっているのか、そしてそもそもなぜこのような人間になったのかを両親との関係にまで遡って詳細に、生々しく記録する。ファンにとっては彼の創作の秘密、思考の原点に直接的に触れる貴重な機会なので、もちろんうれしいことこの上ないのだが、私はこの本をぜひともファン以外の多くの人におすすめしたい。
ツアー中の日記なので、当然、今日のライブはどうだったかという話も多い。そこはファンでないと楽しめないかもしれないので、場合によっては読み飛ばしてもかまわないと思う。
彼がいかに自分らしい言葉を使うことにこだわっているのか。世界の成り立ちを自分の思考のみで理解しようと試みているのか。そしてミュージシャンとしての役割を全うするために心を砕いているのか。それを知ることは多くの同時代人にとって、とても刺激的で示唆に富んだ体験となるはずだ。
(文芸春秋 1500円+税)=日野淳
(共同通信)
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日野淳のプロフィル
ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。
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