『ソレダケ/that’s it』 疾走感や爆発力を補強する緻密な映像


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 “岳龍”に改名してからの石井聰亙作品が好きだ。1970~80年代に先鋭性と爆発力でインディペンデント映画界を牽引した彼は、90年代に入ると映画の本質を探究する内的な映画作りによって当初の勢いを失っていった。しかも、そんな作風が商業映画となじむはずもなく、やがて彼の名は20世紀の伝説として残るのみとなった。

 ところが、彼がいない10年ほどの間に日本映画界は大きく様変わりし、前衛性とも映画的探究とも無縁の時代になった。そんな状況下で彼が映画監督に本格復帰しようとした時、逆に権威として利用できるはずの伝説の名前“聰亙”に頼らなかったこと自体が、彼の先鋭性や若さが錆びついていないことの何よりの証左だろう。その上、ブランクの間に大学で映画を教えていたことが奏功したからか、“画面の強度”という新たな武器を携えて戻ってきたのだ。
 本作は、故・吉村秀樹率いる“ブッチャーズ”とのコラボとして企画された、いわばロック映画である。ロック音楽ならではの疾走感や爆発力が前面に押し出されている。それでいながら、レンズ選びからカット割りのタイミングやリズム、人物の配置や動かし方まで、映像は緻密に計算されている。その緻密さが、疾走感や爆発力を削ぐどころか補強している熟練の技に圧倒される。若さと老練さを兼ね備えた今の石井岳龍は、もはや無敵である。★★★★★(外山真也)

 【データ】
監督:石井岳龍
出演:染谷将太、水野絵梨奈、綾野剛
5月27日(水)から全国順次公開
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外山真也のプロフィル
 とやま・しんや 映画ライター&時々編集者。1966年愛知県出身。学生時代はヨーロッパ映画を中心に見ていたが、情報誌の仕事が長かったため、今は洋の東西を問わず、単館系からハリウッドまで幅広くが信条。主な執筆媒体:月刊TVfan、日本映画navi、ぴあ各誌。
(共同通信)

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外山真也