『仏教思想のゼロポイント』魚川祐司著


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真正面から悟りを問う
 仏教とは何かを知りたい読者に本書を薦めたい。というのも仏教の入門書、解説書は数多いけれど、結局は仏教の正体があいまいなまま本を閉じることになるのが常だから。
 それは仏教の本質である「悟り」について日本の仏教界が真正面から問うてこなかったからだと著者は言う。自分が「解脱した」と宣言する僧侶はほとんどおらず、涅槃(ねはん)の境地も「限りない安らぎ」といったあいまいな表現に終始している。

 仏教研究者である著者はミャンマーで修めた行学(実践と学問)の知見を糧に悟りの実態について考察する。極めて明快な論理で、常識におもねる仏教解釈のごまかしを徹底的に排し、仏教の実際に迫った。
 冒頭から意表を突かれる。ブッダの教えは「人間として正しく生きる道」を説くものではないという。逆に「人間として」とか「正しく」といった観念を破壊して、認知の根本的な変革を図ろうとした。そのため出家者に労働と生殖の放棄を求めた点で、教えは非人間的かつ危険でさえある。だがそこまでして求める価値のある境地こそが涅槃であり「そこは絶対にごまかしてはならない」と強調する。現代の枠組みとは相いれない輪廻転生も教えの大前提だという。
 ここには優しさや癒やしとは相貌を異にする仏教の姿がある。ミャンマーの瞑想寺院には修行者が解脱を求めて日々瞑想し、実際に解脱したとされる修行者がいるそうだ。教えは実践に裏打ちされていることを知り、少しうれしくなった。
 (新潮社 1600円+税)=片岡義博
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片岡義博のプロフィル
 かたおか・よしひろ 1962年生まれ。共同通信社文化部記者を経て2007年フリーに。共著に『明日がわかるキーワード年表』。日本の伝統文化の奥深さに驚嘆する日々。歳とったのかな。たかが本、されど本。そのあわいを楽しむレビューをめざし、いざ!
(共同通信)

仏教思想のゼロポイント: 「悟り」とは何か
魚川 祐司
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