『誕生のインファンティア』西平直著


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生まれた不思議と生まれなかった不思議
 子どものころ、死んだらどうなるのだろうと考えて不安になったことはないだろうか。だったら誕生についてはどうだろう。自分はなぜ生まれてきたのか。生まれる前はどこにいたのか。教育学者の著者は長年、学生たちに子ども時代に抱いた死と誕生をめぐる不思議について尋ねてきた。

 学生たちの回答がとても面白い。性行為と両親、自分の存在が結びついていることを知って受けた衝撃。母親に帝王切開の傷痕を見せられて感じた出産への恐怖。流産した兄がいたことを知らされて動揺した話もあれば、「なぜ僕を生んだのか」と責めて母親を困らせたという学生もいた。
 著者はそれぞれの報告を安易に一般化せず、いくつもの解釈の可能性を開いたまま疑問形のうちにとどめる。フロイト、アーレント、ラカン、アガンベンら精神分析家、哲学者による深い言葉の森をくぐり、考察は「生まれてきた不思議」から「生まれてこなかった不思議」へと降りていく。
 自分は生まれてこなかった可能性がある(例えば母が兄を流産しなければ自分はいなかった)。ということは自分が生まれたことで誰かは生まれなかった。自分の生は無数の生まれてこなかった存在に支えられている。
 本書によって、私たちは生前と死後という2つの「非在」に挟まれて存在する自分の不思議、自分が存在する可能性すらなかった不思議へと導かれる。それは人工授精や出生前診断などの生命倫理を問い直す極めて現代的な主題にもつながっていく。
 (みすず書房 3600円+税)=片岡義博
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片岡義博のプロフィル
 かたおか・よしひろ 1962年生まれ。共同通信社文化部記者を経て2007年フリーに。共著に『明日がわかるキーワード年表』。日本の伝統文化の奥深さに驚嘆する日々。歳とったのかな。たかが本、されど本。そのあわいを楽しむレビューをめざし、いざ!
(共同通信)

片岡義博