「みちくさ」という名の時間旅行
モデル、女優である著者だが、私にとっては味わい深いエッセーを書く人、かわいいものとかいいものを知っている人という存在だ。
『みちくさ』シリーズは文字通り著者が好きな街をぶらぶらとみちくさして歩いた記録を、写真、エッセー、そして手書きの地図として残したもの。著者にとってみちくさとは、「ライフワーク」なのだそうだ。
<みちくさできない日々が続くと、無意識に「あー、みちくさしたい!」と叫んでいる自分がいる。(中略)私の体は、みちくさするようにできている。しないと具合が悪くなる、そういう風にできているのだ>
ものすごく分かる。それは私にとって居酒屋巡りだったりするのだけれど、その禁断症状の苦しさとか、久しぶりに思う存分味わっている時の解放感というか、自分が自分というものの中にすごくぴったり収まっている充足とか。
3作目となる本書でみちくさするのは、ニューヨーク、ロンドン、ポルトガルなど海外の初めましての街から、上京の記憶とともにある渋谷、一人暮らしを始めた街・三宿などのおなじみのエリアまで、著者の過去と現在が折り重なるような構成になっている。
そこに暮らしているかのように旅することを望みながら、その地の人ではない遠慮深さと好奇心を忘れずにみちくさする著者。繊細なレースにうっとりして、いつものハンバーグにホッとして、静かな喫茶店でぼんやりともの思いにふける。
確かにそういう本だ。女の子が好きな街を歩いて、かわいいものとか美味しいものに出会いましたという本だ。しかしそれだけではない。
楽しい時間はあっという間に終わってしまう。目の前の景色はいつまでもこのままではない。お気に入りの店がなくなってしまうことはしばしばだし、目印にしていた建物が取り壊されることだってある。
みちくさとは今現在の町並みを歩きながら、過去に出合い、未来を思う時間旅行に他ならない。変わるものと変わらないものとの間にある、どうしても変わりようのない自分を、発見し、癒やし、静めるための、割合と切実な儀式なのだ。
(小学館 1200円+税)=日野淳
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日野淳のプロフィル
ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。
(共同通信)
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