名作継承 若手が奮闘 「いのちの簪」型超えた新作も必要


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マサ子(前列左から2人目・仲里綾香)を奪い合う福島(同中央・大湾三瑠)と徳田(同右から2人目・高宮城実人)=20日、浦添市の国立劇場おきなわ

 戦後70年の節目に国立劇場おきなわ企画の沖縄芝居「いのちの簪(じーふぁー)」(大城立裕作、幸喜良秀演出)が20、21の両日、浦添市の同劇場で上演された。沖縄戦集結から2年後、本島中部の米軍基地がある街でたくましく生きる人々を描いた。

1995年、戦後50年記念事業の県民劇場スペシャル(県など主催)で戦中戦後を体験した名優たちが初演した作品だ。若い役者がバトンを受け取ろうと奮闘したが、課題も残った。初日を取材した。
 元受刑者の福島(大湾三瑠)は戦後、CP(警察官)となり、記憶喪失の少女マサ子(仲里綾香)を育てる。一方、元看守の徳田(高宮城実人)は不発弾を集めて収入を得る「戦果アギヤー」になっていた。2人は再会し、マサ子が徳田の娘幸子であることが判明する。だが徳田は不発弾事故で命を落とし、幸子は爆風で曲がったじーふぁーを見て記憶を取り戻す。
 高宮城は初演で徳田を演じた北村三郎の息子。大湾は初演で地域の青年役だった。高宮城は土臭く、大湾は英語を交えてひょうひょうと演じ、観客の笑いを誘った。初演で福島を演じた伊良波晃の娘さゆきは徳田の盲目の妻を丁寧に演じた。座喜味米子演じるユタのノブはウチナーンチュのしたたかさを象徴する。
 徳田の四十九日では平和な時代に踏み出すように「だんじゅかりゆし」とエイサーを歌い踊る。昨年、幸喜が演出した「でいご村から」「人類館」と同様、希望を抱かせる終幕となった。
 音楽は仲村逸夫。「PW無情」など沖縄戦前後に生まれた歌を用いた。幸子が記憶を取り戻す場面では組踊の定番である「東江節(アーキー)」を用いるなど沖縄らしさを高めた。
 それでも若手の演技はやや硬さが残り、島の薫りが薄く感じられるのは否めなかった。型や歌によらない新たな沖縄芝居を生み出す難しさを感じた。沖縄芝居は戦前の名作の上演が主流だが、新作を生み出す気概も持ち続けてほしい。
 幸喜は「戦後史、そして今に続く悲劇」をテーマとしていた。21日にも豊見城市で不発弾処理が行われた。ほかにも沖縄の社会、歴史には創作の題材がある。現代劇ではしばしば社会的な作品が生まれるが、創作舞踊を含め伝統芸能界ももっと目を向けていいのではないか。
 演技指導は嘉数好子。ほかの出演は小嶺和佳子、当銘由亮、天願雄一、玉城匠、上原崇弘。地謡は仲村、玉城和樹、池間北斗、入嵩西諭、森田夏子、久志大樹。
(伊佐尚記)