『70年目の恋文』大櫛ツチヱ著


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

両手を開いて受け止める愛情
 読みながら、気おされっぱなしだった。20台前半の時に戦争で夫を亡くし、2人の子を抱えてがむしゃらに生き抜いて、子どもたちが育って平穏な日々を過ごしていた93歳のある日、青空を見ていたら突然、夫への愛情が胸を突き上げてきたのだという。「貴方!! 貴方!!」という情熱的な呼びかけで、その日から書き綴った夫への恋文はノート3冊分。本書は、夫との出会いから新婚時代、残酷な別れからその後の穏やかな日々までを夫に語りかける恋文と、それに補足される著者の人生とが絡み合う形で編まれている。

 まず何に驚くって、彼女は、三三九度の盃を交わすまで夫と対面したことがなかったってことだ。それでいて、この人は運命の人なのだという確信ばかりが胸を占めていたというんである。「恋人から始めようね」。夫は妻にそう言ったという。……なんて二枚目な口説き文句。くらくらしながら読み進む。
 青い空を見た時。咲き誇る花々を見た時。彼女はいつも彼を思う。遠くにいる彼のことではなく、「いつもそばにいてくれる貴方」を思う。そんな温かな人生実感を、別れから70年を経て、彼女は獲得したのだ。
 その70年間にはあらゆることがあったろう。彼女は姉妹みたいに仲良しだった娘さんをガンで亡くしている。悲しみに、心を閉ざした日が幾度もあっただろう。けれどこの本は、それらの「波瀾万丈感」をまるで強調しない。ただただ、今、彼女が生きている立脚点からの景色を束ねてある。テレビを見ていて、小栗旬や竹野内豊に、夫の面影を見つけてはキュンとする。夫と娘が待つ岸辺へ、どんなみやげ話を持って行こうか胸をときめかす。そう、彼女はいつも、心を動かしているのだ。閉じない。動かす。襲い来る運命を、両手を開いて受け止める。青空から喜びが降ってきたあの日のように。
 うちの親たちはどうだったんだろう。そういう季節があったんだろうか。その手の話を両親から私は、そういえば聞いたことがないのだった。
 (悟空出版 1200円+税)=小川志津子
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
小川志津子のプロフィル
 おがわ・しづこ 1973年神奈川県出身。フリーライター。第2次ベビーブームのピーク年に生まれ、受験という受験が過酷に行き過ぎ、社会に出たとたんにバブルがはじけ、どんな波にも乗りきれないまま40代に突入。それでも幸せ探しはやめません。
(共同通信)

70年目の恋文
70年目の恋文

posted with amazlet at 15.07.06
大櫛ツチヱ
悟空出版
売り上げランキング: 33,437