『サイの季節』 大胆な画面設計


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 久しぶりにシネマスコープらしい画面の映画を見た気がした。『酔っぱらった馬の時間』などのクルド系イラン人監督バフマン・ゴバディが、亡命先のトルコで撮った新作だ。イランの詩人サデッグ・キャマンガールの実体験に基づく内容で、ある男の横恋慕によってイスラム革命時に不当逮捕され、最愛の妻と引き裂かれた詩人の悲しくも切ない30年間の物語だ。

 “シネスコらしさ”を出すためにゴバディが選んだのは、遠近法。本作は、手前に大胆に人や物を配して奥行きを強調した画面設計を基調としている。そこに時々差し挟まれる俯瞰カットや見上げる動作といった上下の演出が、アクセントとなっていて心地いい。
 一見すると、過去と現在を行き来する時間軸の映画に思えるが、実はそれ以上に空間軸の映画と言える。それを支えているのがコントラストで、一つは奥行きと上下の演出のコントラスト。もう一つは、獄中という密閉空間と屋外、とりわけ自動車による移動が生む開放空間とのコントラストである。移動中の自動車は時に密室にもなる映画的アイテムだが、見ず知らずの他人でさえも自在に出入りできる本作の自動車は、明らかに牢獄と対極にある場所=開放の象徴となっている。
 モニカ・ベルッチら魅力的な俳優陣の存在感の陰に隠れがちではあるが、本作は紛う方なき作家の映画なのだ。★★★★★(外山真也)

 【データ】
監督・脚本:バフマン・ゴバディ
出演:ベヘルーズ・ヴォスギー、モニカ・ベルッチ
7月11日(土)から全国順次公開
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外山真也のプロフィル
 とやま・しんや 映画ライター&時々編集者。1966年愛知県出身。学生時代はヨーロッパ映画を中心に見ていたが、情報誌の仕事が長かったため、今は洋の東西を問わず、単館系からハリウッドまで幅広くが信条。主な執筆媒体:月刊TVfan、日本映画navi、ぴあ各誌。
(共同通信)