重厚な人間ドラマ描くミステリー
連続通り魔事件が発生した。目撃証言から「コートの男」と呼ばれる容疑者を所轄の刑事と警視庁捜査一課から来た若手女刑事が追う。典型的な警察小説のすべり出しだ。
被害者の1人は口の中が焼かれるなど奇妙な痕跡を残している。容疑者がつかまる。模倣犯が相次ぐ。犯人を自称する男が自殺する。次々に謎がばらまかれて、読者は刑事たちと共にこの異様な犯罪の謎解きに巻き込まれる。
「自分と向き合ってはならない。何かに夢中にならなければ」。そう言い聞かせて事件にのめり込む刑事は心に闇を抱えている。変人キャラの女刑事とのとぼけたやりとりが全体を覆う重い空気に軽妙なリズムを与える。
ストーリーはこれ以上記せないが、真実が明らかになるにつれて作品は人間の内奥世界に分け入っていき、暗黒小説から思想小説のような趣を呈してゆく。
著者は自分のサイトで、この小説のテーマは「無意識」とそれに伴う「人間の不自由さ」だと書いている。フロイト的な主題は、過酷な運命とそれに抗う個人と読み換えることができる。さらに言えば、絶対的な神に救いを求める卑小な人間の物語とも。大げさに聞こえるかもしれないが、事実この作品にはドストエフスキーの『罪と罰』の影が見え隠れする。
ミステリーとして驚くべき展開があるわけではない。だが最初から最後までエンターテインメント性を失わないまま一気に読ませ、最後は重厚な読後感を残す。この刑事ペア、再登場しそうな気がする。
(毎日新聞出版 1600円+税)=片岡義博
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片岡義博のプロフィル
かたおか・よしひろ 1962年生まれ。山口県出身。共同通信記者を経て2007年フリーに。記者時代は演劇、論壇などを担当。2009年末から本欄担当に。東京都小平市在住。
(共同通信)