『清代中国漂着琉球民間船の研究』 記録の行間に埋もれた何か


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『清代中国漂着琉球民間船の研究』岑玲著 榕樹書林・2800円+税

清代中国漂着琉球民間船の研究

 本書は17世紀から19世紀までの琉球国内における帆船航運について、中国の公文書に当たる档案(とうあん)資料の中から、琉球民間船の漂着事例を基にデータを抽出し、琉球国内での海上交通および、米や芭蕉布、砂糖などの輸送の問題について解明を試みている。

档案資料という琉球国外の資料において、琉球人の漂着がどのように記録され、その記録から得られる事例から、琉球の社会経済がどのような展開を見せていたのかを明らかにしようとしたものである。
 なお、ここで言う「民間船」とは対中国外交を担った進貢船など(接貢や謝恩を含む)の、いわゆる「渡唐船」以外の船を指しており、先島から本島への「上国」など、琉球国内での公務を含む船隻も「民間船」として分析の対象としている。
 歴史資料から得られた情報を基にデータベースを作成し分析する研究は、ここ近年本格的に着手されている傾向があり、本書もその一つに数えられよう。集積されたデータを分析することによって、文字として記録された文書からは得られない「何か」を浮かび上がらせることができるのが、この研究手法の大きな特徴であり、強みでもある。
 そういった意味で、本書はその「文字として記録されていない何か」を提示しきれていない点で物足りなさを感じた。既存の先行研究の整理不足や、関連する琉球側の資料が生かされていない点、中国側では琉球国の管轄として取り扱われている奄美についての議論が不足しているなど、他にも気になる点があるが、やはり本書において最も期待したのは「データ」の向こう側の世界を我々にいかに見せてくれるか、ということであり、もっと追求してほしかった点である。
 記録の行間に埋もれた「何か」を探し出すために、集積したデータをあらゆる角度から分析してゆく作業は苦しさを伴う。しかし、分析の切り口や、他の資料の扱い方次第では、さらに踏み込んだ議論も可能ではないかと思う。著者が表現したい世界は、「データ」の向こう側にさらに大きく広がっているはずだと感じた。(冨田千夏・琉球大学付属図書館)
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 ジン・レイ 2008年8月、中国の寧波大学卒業。2014年3月、関西大学博士号取得(文化交渉学)。現在、関西大学アジア文化研究センター非常勤研究員。