確かにまっとうな青春小説だ。
舞台は高校の吹奏楽部。弱小といってもいい、取り立てて輝かしい実績のないクラブである。
主人公は2人。この春、3年に進級し、いやいやながらも部長に就任した日向寺大志。担当パートはホルン。その大志に誘われて、未経験ながら入部したばかりの給前志音。吹奏楽部では割に珍しいドラムである。
2人の名前に着目してほしい。どちらにも「志」という文字が入っている。これは決して偶然ではなくて、この物語が、若者の「志」に関する話であることを示している。
大志の「志」は部を東日本大会(彼らの部では全国大会と同等の最上位の大会)に導くこと。だが彼はそれを部員たちの前で大きな声で言うことができない。自分の「志」をみんなに押し付けてしまうことを恐れているのだ。中学時代も部長をしていた彼は、東日本大会を目指そうと口にしたのだが、その結果、技術に差のある部員たちの間で軋轢が生まれ、結果的にはコンクールに出場すらできなくなってしまった。その過去がトラウマになっているというわけだ。
一方、志音の「志」も東日本大会の出場であるが、彼女はこれまで生きてきて、一度もなにかを頑張ったという経験がなく、それ故、自分にまったく自信を持てないでいた。親友に一方的に庇護されるような形で中学までを送ってきたので、部員たちとどうやって人間関係をつくっていいのかも分からない。吹奏楽は団体競技である。しかも自分のドラムは全体を下支えする重要なパート。重責に押しつぶされそうになっている。
この小説は、そんな2人がさまざまな困難を乗り越えながら、自らの「志」に真っ直ぐに向き合えるようになるまでを描いた成長譚だ。
少年(もちろん少女も)は大志を抱くべきである。常識というほど浸透しているこのメッセージが今、ここであらためて物語の中で語られるのは、実のところその常識が揺らいでいるということを表しているのではないか。胸がキュンとなるとか、思わず涙があふれてくるという感想が語られるであろうこの青春小説を、私はとても同時代的な小説と捉えた。
(文芸春秋 1200円+税)=日野淳
(共同通信)
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日野淳のプロフィル
ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。