『家族スクランブル』田丸雅智著 読書と時間の関係


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 <1話5分で読める!>
 帯の文句にひかれて本書を手に取った。
 個人的な話であるが、何分で読めるのかについては苦い思い出がある。
 編集者時代、文芸誌の創刊準備をしていた時のこと。老舗出版社の数ある文芸誌とどうやって差別化を図るか思案していた私は、掲載されている短編、または連載小説に何分で読めるか表示するというアイデアを思いついた。

それで売り上げが変わるとは思っていなかったが、ほとんど読者のいない文芸誌がそれでも読者の方を向いていることを示す、画期的なアイデアだと思っていたのだ。確か原稿用紙50枚の作品に<30分で読める>と記すつもりだった。忙しいあなたでも寝る前の30分で読めますよ、と言いたかったわけだ。
 しかし原稿依頼にお邪魔した2人の作家から大反対というか大ひんしゅくを買い、アイデアはあっさりとお蔵入りになった。どのくらいの時間をかけて読むかは読者に委ねるべきもので、発信する側が規定するものではない。そして自分の書く世界を文字数で単純計算して、時間に置き換えてくれるなというのである。確かにその通り。まさに若気の至り、思い出すだけで赤面のエピソードである。
 さて、本書は「家族」をテーマにしたショートショート集である。ここで言う「家族」とは昭和的にコタツを囲む感じ、郷愁とともに語られる「家族」だ。失われてしまった「家族」を取り戻すために、あれやこれやと夢想した結果、18編のストーリーが出来上がったと言ってもいいのかもしれない。
 ショートショートであるから、インパクトのある仕掛けや鮮やかなオチは当然用意されている。それを大げさに見せない落ち着いた語り口も信用に値するものだ。そして5分で読み終えてそれで終わりではなく、懐かしくて温かい余韻にもう3分は包まれていられるところが、お得というか、ありがたい。
 1話で8分は楽しめる。いや、何分でもいいんですけど。
 (小学館 1300円+税)=日野淳
(共同通信)
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日野淳のプロフィル
 ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。

家族スクランブル
家族スクランブル

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田丸 雅智
小学館
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『家族スクランブル』田丸雅智著
日野淳