『東風平恵典遺稿・追悼集 カザンミ』 老いと死とエロス


社会
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『東風平恵典遺稿・追悼集 カザンミ』東風平恵典著 1000円・カザンミ刊行会

 東風平恵典は、1960年前後、「琉大文学」で詩を書いていた。あれから数十年たって初めて詩集「嵐のまえぶれ」(2004年)を出した。その中にあるたった2行の詩句に衝撃を受けたのを覚えている。「体内にあるらしいわずか一滴の精液が/ぼくをいまでも狂わせる」(「束の間のストーカー」)老いの哀しみ、エロス幻想を、何の衒(てら)いもなく表出している。しかし詩は老いていない。

 本書「遺稿」の詩篇は、それらを引き継ぐような作品。老いとエロス、その上に死がテーマになっている。死は空や海、風といった自然に溶け込んでいるような感覚で描かれている。「不安も恐怖も今は去った君は白々と明けてゆく空となり/何時までも何処までも透けてゆく身になった」(「見える」)こういう詩はある覚悟がなければ書けない。彼はすでに超えていたかもしれない。「遺稿」には詩篇のほかに清田政信論などの詩論、エッセイが収載されている。
 「『君と僕磁石みたいに生きたいね』/いつも耳元で囁いていた/加齢と供に磁力もおちる/半世紀も経てば無理もないさ」(「磁石の世界」)内に尋常ならざるものを抱え生きにくい生を生きている彼を支えているのは君である。東風平は、帰る家がないという不安と帰るべき家の危うさの間でいつも揺れ動いていたようだ。その間の〈嵐〉の様子は家族の回想を読むと痛切に分かる。磁力が落ちても磁力を失わなかった君の愛の深さも。
 「追悼集」には家族のリアルな回想と彼の死を惜しむ14名の友人後輩たちの文が収められている。「遺稿」とこれらの追悼文を合わせ読むと、東風平恵典という優れた詩人の実像が浮かび上がってくる。
 「その日 俺が確かめたのは/ひくいトタン屋根の上に/石垣の上に/うすぐらい部屋の中に/にぶく光っている/虚無だけ」(「閲歴の中でも」)。読む者を立ち止まらせるいい詩を東風平はたくさん残している。詩のことばが軽く薄くなっていくように感じられる現在、繰り返し読みたい一冊である。(中里友豪・詩人)
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 こちんだ・けいてん 1938年、平良町(当時)生まれ。琉球大入学後、琉大学生新聞、琉大文学に参画。2004年に詩集「嵐のまえぶれ」を発行。09年、「RUNAクリティーク」を発行。享年77。