名匠たちが伝える時代の気分
戦後70年を迎え、書店には多くの関連書が並んでいる。気楽に付き合いたいとこの本を手に取ったのだが、予想外の収穫だった。これは戦後史を単にマンガで解説したような教養書ではない。
戦後日本が歩んだ道を「廃墟からの復興」「高度成長の時代」「『繁栄』の光と影」「過去から未来へ」の4テーマに分け、各時代を写し取ったマンガ13編を収めた。作者は手塚治虫、水木しげる、ちばてつや、大友克洋、かわぐちかいじ、岡崎京子、谷口ジローといった名匠たち。
つげ義春の『大場電気鍍金工業所』は場末の零細メッキ工場が舞台である。朝鮮特需で銃弾研磨の仕事を請け負うが立ち行かず、工場主の女は男と夜逃げして、少年工だけが取り残される。
諸星大二郎の『不安の立像』は満員電車で通勤するサラリーマンが主人公だ。線路わきにいつも目にする黒い人影。それは飛び込み自殺をした人間の肉片を食らう餓鬼だった。
それぞれ小品ながら体の深い部分が揺さぶられる。思想家の内田樹が的確な解説を寄せている。ここには社会的弱者が経験した「時代の空気」が痛みとともに記録されており、マンガはそれができた唯一の表現ジャンルだった。なぜならマンガはかつて見下された「弱いジャンル」だったからだ、と。
においや手触りを伴って伝わってくるのは、その時代を生きた人々の気分だ。鬱屈、高揚、希望、焦燥、虚無感。それらは歴史の年表的解説では決してすくい取れない。マンガの底力を思い知る。
(双葉社 1400円+税)=片岡義博
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片岡義博のプロフィル
かたおか・よしひろ 1962年生まれ。山口県出身。共同通信記者を経て2007年フリーに。記者時代は演劇、論壇などを担当。09年末から本欄担当に。東京都小平市在住。
(共同通信)
双葉社
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