『ふたつの名前を持つ少年』


社会
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ゲットーから逃れて
 日本では今年「終戦70年」という言葉が主に使われているが、当たり前だが国や地域によって表現は異なる。中国だと「抗日戦争勝利70年」、イタリアだとファシスト党からの「解放70年」となる。そして本作の資料を読んでハタと気付いた。「アウシュビッツ収容所解放70周年」。

 本作は、ポーランドのユダヤ人強制居住区ゲットーから逃げ出した8歳の少年が、偶然助けてもらった夫人から“ポーランド人の孤児ユレク”として生きる術を学び、終戦を迎えるまでを描いている。これが実話で、映画のラストに本人も登場する。
 しかも監督は、ドイツ人のペペ・ダンカートが手がけている。モデルとなったヨラム・フリードマンさんと会って自分が映画化することを告げた時に、次のように言われたそうだ。「父親の世代が持つ重荷を背負うことはないが、危害を加えた国の人々が、その相手の映画を撮ることになったことに満足感を覚える」と。
 これまでもユダヤ人の悲劇を描いた作品は多々あるが、本作が今、製作された意義は大きく、これぞ映画が未来のためにできることなのではないか。
 主人公のスルリック少年は確かに生き延びた。だがユダヤ人であることを疑われる度に、下半身をさらして割礼しているか否かを問われる。屈辱だっただろう。この場面が度々登場するのだが、人としての尊厳を踏みにじられながら生きることの辛さを何よりも物語る、実に印象に残るシーンだ。
 そんなけなげなスルリック少年を演じたのは、双子の兄弟。つまり2人1役。最後まで全く気づかなかった。お見事。★★★★☆(中山治美)

 【データ】
監督:ペペ・ダンカート
原作:ウーリー・オルレブ作「走れ、走って逃げろ」(岩波書店)
出演:アンジェイ・トカチ、カミル・トカチ、ジャネット・ハイン
8月15日(土)から全国順次公開
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中山治美のプロフィル
 なかやま・はるみ 映画ジャーナリスト。1969年水戸出身。スポーツ紙出身の血が騒ぎ、撮影現場やカンヌ、ベネチアなど映画祭取材に燃える。三池崇史、深作欣二、キム・キドク、アキ・カウリスマキなどひとクセのあるオヤジたちが大好き。
(共同通信)

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中山治美