『ビオレタ』寺地はるな著


社会
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棺桶を売る雑貨店で起こる小さな出来事

 小さな小さな世界の話。
 小説に描かれた一連の小さな出来事によって、主人公の心がほんの少し動いたという話だ。それだけの話でありながら、それだけではない。

 「幸せにする自信がなくなった」
 物語は主人公の妙が、結婚が決まっていた男から急に別れを切り出されたところから始まる。
 寿退社してしまった職場には、今更戻るわけにはいかない。なにより4年も付き合っていた男から、この期に及んで人生に必要のない存在だと判断されたことに愕然とする。
 雨の中で泣き崩れていた妙は、通りがかった菫という女に拾われるような形で、家に招き入れられる。菫は涙ながらに事情を説明する妙を慰めるわけでもなく、自分の営む雑貨店で働くようにすすめるのだった。
 かくして雑貨店「ビオレタ」でアルバイトを始めることになった妙。忙しい仕事というほどではない。「ビオレタ」が売っているものはかなり変わった商品。菫手作りのアクセサリーや人形というのはたしかにかわいいのだが、看板商品はなんと棺桶である。人が入れるような大きさではなく宝石箱程の棺桶。客は使い古した万年筆、割れた皿、動かない時計などに適した棺桶を求めにやってくる。菫は希望者には店の庭にそれを埋葬するところまで請け負っているのだ。
 「行き場のないものを引き受けてあげるぐらいのことはしてあげたい」
 モノとともに感情や思い出をも弔う。それが「ビオレタ」のサービスというわけだ。
 訪れる客と菫の仕事振りを戸惑いながらも見つめる妙。菫はなぜこんな仕事をしているのだろうか。
 自分がどのように受け入れてもらうのかばかり考えてきた妙にとって、人の思いをただ黙って受け止めているような菫が理解できないのだった。
 物語は菫の元夫や一人息子も交えて、静かに静かに動いていく。息をのむような驚くべき展開はないし、劇的な啓示がもたらされる瞬間もない。
 しかしやがて、この小さな世界を描いた小説自体が、読者それぞれが抱えている記憶や思い出の棺桶のような存在になっていることに気が付く。
 棺桶にはわざとらしさや派手さは必要ない。誠実で丁寧に作られていてほしい。永く眠らせるに足る信頼感があってほしい。そしてそのためにあつらえられたと思うぴったりな形であってほしい。
 そんな思いを満たしてくれる小説だと感じた。
 (ポプラ社 1500円+税)=日野淳
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日野淳のプロフィル
 ひの・あつし 1976年生まれ。出版社で15年間、小説、音楽、ファッションなどの書籍・雑誌の編集に携わり、フリーランスに。今、読む必要があると大きな声で言える本だけを紹介していきたい。

ビオレタ (一般書)
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