『やわらかな言葉と体のレッスン』尹雄大著


社会
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日常の思考パターンを問い直す
 フリーライターという著者の肩書とタイトルからは、文章やインタビューに関するハウツー本を思わせるが、全く違う。著者は本書のテーマを「体を通じて言葉を考える」と表現しているが、そこにも収まりきらない。本書で示されているのは、いわば日常の認識枠組みを根本から問い直す試みである。

 取材者として言葉やコミュニケーションに関わる仕事を続けてきた著者は、一方で武術の修練を通して体と心の関係について考えてきた。
 武術では「いま・ここ」で生起する未知の状況に即応できるかどうかが生死を分かつ。既知の知識や情報、概念に縛られていては、刻々変わる現実に太刀打ちできない。現代人が抱える問題や限界はここに起因するという。
 世の中を支配する「正しさ」とか「客観性」は既知に属する固定化された事実であり主義主張だ。確かに正しさを掲げれば他人を批判できるし、客観的事実があれば安心もできる。
 しかしそこで犠牲にされるのは、自分の中に息づく感覚や、状況の変化に応じる柔軟性。何が起こるかわからない人生に必要なのは、「いま・ここ」に即応できる開かれた知性だという。
 では、そうした知性はどうしたら習得できる? いや、決まったノウハウがそこにあるという考え方自体が問われているのだ。本書の叙述も体系だってはおらず、著者の体験から紡ぎだされた知見の数々だ。まずはその言葉を手掛かりに頭をほぐし、自分や周りをぼんやり眺めるところから始めてみるか。
 (春秋社 1700円+税)=片岡義博
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片岡義博のプロフィル
 かたおか・よしひろ 1962年生まれ。山口県出身。共同通信記者を経て2007年フリーに。記者時代は演劇、論壇などを担当。09年末から本欄担当に。東京都小平市在住。
(共同通信)

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