『岸辺の旅』 黒沢清監督のカンヌ受賞作


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 今春のカンヌ映画祭で「ある視点部門」に出品され、監督賞を受賞した黒沢清の新作だ。何と強固な作家性だろう! どこを切り取って見せられても、すぐに彼の映画だと気付くはずである。3年前に失踪した夫が死者となって戻ってきたことを契機に、彼の3年間の足取りを2人でたどるという夫婦のロードムービーで、死者をおくる話ではあるけれども、得意のホラーではない。むしろホラーではないが故に、作家性が際立っていると言えるかもしれない。

 ここでは死者=幽霊の足が強調される。彼らは足音を立てて歩き、靴を脱がされる。背負えばいかにも重そうである。理由は簡単。肉体(身体)も重力も“映画的”だから。さらに、彼らは普通に日常を営み、のども渇けば、息を切らしたり、痛がったり、乗り物酔いまでする。死者が生命力を感じさせて何が悪い!と言わんばかりだ。そこにあるのは物語上のセオリーではなく、映画的か否かの基準だけなのだろう。
 構図、カット割り、俳優たちの佇まいや動かし方に視線の扱い、そして随所で吹く風。画面は黒沢清の刻印だらけなのに、あくまでも映画の基本に則っている。言い換えれば、オリジナリティーは映画の本質を踏み外すことなく極められるということ。映画を探究する道は決して一本道ではないことを、黒沢清の飛び抜けた才能が実証している。★★★★★(外山真也)

 【データ】
監督:黒沢清
原作:湯本香樹実
出演:深津絵里、浅野忠信
10月1日(木)から全国公開
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
外山真也のプロフィル
 とやま・しんや 映画ライター&時々編集者。1966年愛知県出身。学生時代はヨーロッパ映画を中心に見ていたが、情報誌の仕事が長かったため、今は洋の東西を問わず、単館系からハリウッドまで幅広くが信条。主な執筆媒体:月刊TVfan、日本映画navi、ぴあ各誌。
(共同通信)

(C)2015「岸辺の旅」製作委員会/COMME DES CINEMAS
外山真也