【チャイナ網路】にわか記者の余録


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 那覇空港で爆発炎上した事故機の乗客と8月23日、偶然同じ便で台北へ向かうことになった。マスコミでごった返すロビーがうそのように落ち着いた搭乗待合室。いい機会だと、くつろいだ表情の事故機の乗客に話し掛け、現れた会社関係者の賠償説明をメモして本社社会部に電話を入れた。それからの4日間、台北着陸時に起こった機内の騒動を電話で伝え、新聞数紙に目を通して、ニュース・チャンネルをはしごする毎日。国際電話の向こうから伝わって来る緊張感とは裏腹に、台湾の注目度が予想以上に早く失速していくのが気に掛かった。
 台中で弁護士が起こしたストーカー殺人や訪問先の中米で支援金をばらまく台湾総統の行状。日々のニュースに事故の報道は追いやられていく。事故機の主翼の下で雨を避け、作業を続ける調査員をちゃかすようにも見えた台湾のTV報道への違和感も強い。
 相当数の人員を投入したにもかかわらず、日本の報道の引用を繰り返した台湾ケーブルTV局の報道姿勢。民族性の違いやメディア事情の違いだけではすまされない温度の違いを感じた数日間だった。
(渡辺ゆきこ、本紙嘱託・沖縄大学准教授)