<金口木舌>松代のその後と沖縄


<金口木舌>松代のその後と沖縄
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 第2次大戦末期、本土決戦を見据え長野市の山中に松代大本営は造られた。工事には日本人のほか、朝鮮人6~7千人が徴用された。酷使された末に亡くなった人もいる。遺恨も残る土地のその後は沖縄の今に通底している

▼作家日垣隆さんの著書「『松代大本営』の真実」(講談社現代新書)に詳しい。「朝鮮人労働者の血と汗と死骸が混入したはずの砕石」は膨大な量で戦後、道路舗装をはじめ、厚木や三沢の飛行場の滑走路にも使われたという
▼1946年1月から始まった砕石搬送はGHQの指令だった。日本軍幹部の進言もあったという。資料を基に日垣さんが伝えている
▼時を経て辺野古の新基地建設の埋め立て土砂の採取地に防衛省は沖縄本島南部を含めた。沖縄戦で多くの犠牲者が眠る地域だ。それでも国は南部の土砂を海に投ずるつもりなのか
▼松代で沖縄で「国体護持」を名目に人の命が軽んじられた。亡くなった人の眠る地が資材とは、あまりに冷淡な仕打ちだ。戦争を真摯に反省しないまま、この国は戦後も人を粗末に扱い続けている。