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心閉ざすヤマトンチュ 現状を突破する言葉を<佐藤優のウチナー評論> 


心閉ざすヤマトンチュ 現状を突破する言葉を<佐藤優のウチナー評論>  佐藤優氏
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 中央政府との激しいあつれきの中で玉城デニー知事はよく頑張っている。辺野古新基地建設に関する名護市辺野古沖の軟弱地盤の設計変更に関する斉藤鉄夫国土交通相の承認勧告に対し、国が設定した9月27日の「期限までに承認を行うことは困難」と回答した。判断を先送りにしたわけだ。辺野古新基地建設に反対するという公約を掲げ、それが有権者の多数に支持されて当選した知事としては当然の判断だ。

 しかし、当然の判断を貫くことが沖縄の知事には難しい場合がある。2013年12月に知事として辺野古の海の埋め立てを承認した仲井真弘多氏だって、こんな決断はしたくなかったと思う。作家の大城立裕氏が埋め立ての直後、筆者に電話で「知事をこんなところに追い込むヤマトが本当に憎い。私は小説家だからイメージが湧くのだが、狭い窓のない部屋で、ヤマトの政治家から仲井真さんがコーナーに追い詰められ、承認を迫られる状況が目に浮かぶ。『琉球処分』のときに追い詰められていく王府高官の姿と二重写しになる」と述べていたことが記憶に焼き付いている。本紙は9月28日の社説で今後についてこう予測する。

 <今後、承認指示や代執行訴訟を通じて県に対する圧力は一層強くなっていくであろう。訴訟となった場合も厳しい対応を迫られることが予想される。/翁長雄志前知事による辺野古新基地の埋め立て承認取り消しを巡る2016年の訴訟で、県側は「この訴訟の判決に従う義務があると考えるか」と裁判長から問われている。同じような問いかけが今後の訴訟で繰り返される可能性がある。日本は「法治国家」であり、裁判結果には従わなければならないという姿勢である。これにどう対抗するか、県側の理論構築も求められる>

 ここで県がどんなに知恵を巡らして法的理論構築をしても、日本の司法機構はそれを受け入れない。国家機関が私人を装って県の決定を覆すようなトリックを平気で認めるのが現下日本の裁判だ。もっと突き放して見れば、構造化された沖縄差別に日本の司法機関も組み込まれているので、こういうことが起きるのに意外性はない。

 むしろ重要なのは、日本人に沖縄人の本音を伝えることができる言葉を見いだすことだ。言葉を見いだすための理論構築が県にも沖縄の作家、知識人、記者にも求められている。翁長前知事は「魂の飢餓感」という言葉を用いた。大田昌秀元知事は、もっと激しく「醜い日本人」という表現をした。沖縄人の心(魂)がヤマトンチュ(日本人)に伝わらないことのいら立ちを翁長氏、大田氏はこういう言葉で表現したのだと思う。

 客観的に見て、沖縄人に最も近い民族は日本人だ。沖縄人のほとんども日常的に日本語を用い、日本語で思考する(外国に居住する沖縄人の場合は、琉球語と現在居住している国家の言葉を用い、日本語で思考しない場合もある)、教育も共通している。しかし、一部の問題(辺野古新基地建設問題はその一つである)について、沖縄人の言葉が日本人に通じない。そして日本人の言葉が、本質的に暴力性をはらみ、沖縄人を対等の人間と見なしていないようにわれわれ(少なくとも日本系沖縄人との自己意識を持つ筆者)には聞こえる。日本人にも善き人々はいる。筆者の認識では、ほとんどの日本人は善き人々だ。しかし、沖縄との関係でこの日本人たちは沖縄人の声に心を閉ざす。この現状を突破する言葉を見いだすことが沖縄側の最重要課題と筆者は思っている。

(作家、元外務省主任分析官)