<金口木舌>腹も心も満たしてくれた


社会
<金口木舌>腹も心も満たしてくれた
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 父子家庭で育ったから「母の味」は知らない。ただそれに近いものはあった。那覇市首里の「あやぐ食堂」だ

▼高校2年の冬から通った予備校の後によく夕食を食べた。夜遅くに1人来る高校生は訳ありに見えたかもしれないが、店のおばちゃんたちは温かいご飯で静かに見守ってくれた。予備校帰りだと事情を知った後は「お疲れさま」とねぎらいの言葉も受けた
▼配膳中のみそ汁におばちゃんの親指が浸っていたという笑い話もよく聞いたが、家庭的な雰囲気を大げさに表現した作り話だろう。当時は刺身付きの定食が500円台。今思えばあの空間に受験生活が支えられ、こうして社会で働けている
▼創業44年、食材価格の高騰で廃業を決めた。これ以上の値上げを拒んだ決断は「あやぐ」らしいが、物価高なのに人々の所得は上がらない社会問題も背景にあろう
▼気軽な食堂通いも難しくなった世知辛い時代。他にも県内の食堂で閉店が相次ぐ。庶民の胃袋を満たしてきた食堂の灯がもうすぐ消える。おばちゃんたちも、お疲れさまでした。