激しい雨で川があふれ家が浸水する危険がある地域を視覚障害者に知ってもらうために、触れると地形が分かる地図が注目されている。「触地図」と呼ばれ、3Dプリンターを使って川や高台などを立体的に表し、水害ハザードマップとする取り組みだ。今年も各地で大雨被害が相次ぐ。専門家は「防災意識を向上させ、迅速な避難につなぐことができる」と話す。国は自治体に導入を呼びかけている。
視覚に障害がある山崎克枝さん(53)=京都府八幡市=は岡山県倉敷市に住んでいた2018年7月、西日本豪雨に遭った。幸い泥水が来る前に家族と共に避難できた。自宅は天井まで水につかった。
自宅には自治体配布の通常のハザードマップはあった。山崎さんは「地図に点字はなく、被災前は気にかけたことがなかった」と振り返った。被害を受け「目の見えない人でも読み取れる地図が必要と確信した」。
その後に移り住んだ八幡市は、三つの河川が合流するエリアに位置する。視覚障害者団体の会長を務めており、メンバーに水害の怖さを伝え防災に役立ててもらおうと、立体地図で市内の地形を理解する取り組みを思い付いた。
新潟大の渡辺哲也教授(福祉工学)に依頼し、地形や河川の位置などのデータを基に、3Dプリンターで試作してもらった。触って地形を実感できるよう、高低差の凹凸を実際の3・5倍に拡大した。22年11月に体験会を開催し、参加者からは「自分の家が低いエリアにあることがよく分かった」と好評だった。
八幡市などの協力で、タッチペンをかざすと「浸水区域です」と音声が流れる別の地図も用意した。山崎さんは「見えない人にとって地形を体感できることが大事だ」と言う。改良を重ねていく考えだ。
山崎さんが依頼した渡辺教授は、10年ほど前から視覚障害者らの求めに応じ、点字の地図や立体地形図を作っている。19年の台風19号で被災した長野市などから依頼を受けた。
触って使うため、地図上に盛り込む情報は限られる。避難所の位置や浸水の具体的な深さなど通常のハザードマップに含まれるデータを網羅するのは難しい。とはいえ「高低差と河川の位置が分かれば、どこが危ないか、どこが安全なのか知ることはできる」と強調。いざというときに避難する意識を高める効果が期待できるとしている。
国土交通省によると、視覚障害者向けに点字や音声などを用いた水害ハザードマップを作成済みの自治体は21年7月時点でわずか2%。同省の検討会は23年4月にまとめた報告書で自治体に「紙だけでなく、音声出力や触地図などによる情報提供が必要だ」と指摘した。
水害ハザードマップ 洪水予報や避難情報の伝達経路、避難ルート、避難場所を示した地図。市区町村が作成し、戸別に配ったり、ウェブサイトに掲載したりしている。都道府県が提供するデータを基に、浸水想定区域や水深も地図に表示。国土交通省は2023年6月、各地のマップを確認できる「ハザードマップポータルサイト」を改良。住所を入力すれば、浸水や土砂災害などの危険性、取るべき避難行動が表示され、音声でも聞くことが可能となった。