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アートの力で認知症予防/生きがい増え意欲的に/手先動かし、脳に刺激


アートの力で認知症予防/生きがい増え意欲的に/手先動かし、脳に刺激 「重度の方でも、セラピー後に会話が成立することが多くなる」と話す今井真理さん=愛知県知立市
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 絵画、陶芸、ちぎり絵…。「芸術療法」は、認知機能が衰えた高齢者にアートの力を使って働きかけ、進行予防を目指すセラピーだ。研究する四天王寺大の今井真理教授(美術教育・脳科学)は「目標を持って自ら動くため、お年寄りが前向きな気持ちになりやすい」と話す。
 愛知県知立市のグループホーム「ながしのの里」。この日は、80代の女性2人が「マーブリング」(墨流し)で絵はがき作りをスタッフらと楽しんだ。マーブリングは、おけに水を張り、水面に絵の具を浮かせて、自然にできた模様を紙に写し取るアートだ。
 「自信がない」「こんなことより散歩に行きたいわ」。当初は道具を前に尻込みしていたが、講師役の今井さんが青色、黄色、オレンジ色と順番に絵の具を水に落とすと、おけをのぞき込み、興味を持ち始めた。促されて模様を写し取ると「わあ、きれいやね」「あの人にあげようか」と歓声を上げた。
 セラピーに参加した施設長の桂川祐輔さんは「その日にあった出来事をすぐに忘れてしまう人もたくさんいますが、セラピーの後は楽しい体験の雰囲気が残るので、コミュニケーションが取りやすい。介護スタッフとしてとても喜ばしいことです」と効果を実感する。普段そわそわしがちな人も、セラピー後は落ち着いて過ごせることが多いそうだ。
 創作はなぜ認知症に効果的なのか。今井さんは「自分の作った物が目の前で完成し、それが成功体験となるため、生きがいが増え、意欲的になれる人が多い」と説明する。
 老年内科や認知症の専門医で「いのくちファミリークリニック」(愛知県稲沢市)院長の遠藤英俊さんは「手先を動かすため、脳に刺激が送られて神経栄養因子が分泌され、神経細胞が増える可能性がある。物の形や大きさ、位置などを捉える空間認知機能に働きかける効果もある」と解説する。
 ただ、効果的なセラピーのためには、注意が必要。今井さんによれば、不安を和らげるため、静かでいつも生活しているような場所を選ぶ。
 またお年寄りの感情や行動を受け入れ、無理強いはしない。集中力が途切れそうなときは、手伝ったり声をかけたり、その都度、支援する。「信頼関係を築くために、その人がどんな人なのか、生い立ちや入居前の背景を知っておくことも、とても重要です」
 認知症患者の残存能力を引き出すためにも、芸術療法のような心身に直接働きかける非薬物療法は重要だが「残念ながら欧米のように普及していない」と今井さん。施設に「芸術指導と認知症ケアが両立できる仕組み作りを考えてみては」とアドバイスしている。