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動物の臓器・細胞を移植 国内も臨床開発の動き ドナー不足解決に期待


動物の臓器・細胞を移植 国内も臨床開発の動き ドナー不足解決に期待 核を取り除いたブタの卵子に、遺伝子改変した体細胞の核を入れてクローン胚を作る作業。できた胚を代理母となるブタの子宮に移植すると遺伝子改変ブタができる(長嶋比呂志・明治大専任教授提供)
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 動物の臓器や細胞を人に移植する「異種移植」の臨床試験実施を目指す動きが国内で本格化している。2022年に米国で重い心臓病の男性にブタの心臓を移植する世界初の手術が行われ、臓器提供者(ドナー)不足の新たな解決策として期待が高まったためだ。大学発のベンチャー企業が海外企業と提携し、遺伝子を操作したブタを用いた臓器移植の臨床開発に着手。適切な実施体制を整備する研究も始まった。

遺伝子改変
 体内に異物が入ると免疫の働きで排除しようとする拒絶反応が起きる。異種移植での反応は人同士の場合より激烈で、高い壁となっていた。
 急進展があったのは22年1月。米メリーランド大で57歳男性にブタの心臓が移植された。男性は重症心不全で人工心肺装置ECMO(エクモ)を装着していた。人からの心臓移植を受けられず、他に救命手段がないためこの治療に同意した。
 移植に使われたのは、人の体内で拒絶反応が起きないように10種類の遺伝子を改変したブタの心臓だった。男性は約2カ月後に死亡したが、免疫抑制剤を併用した結果、典型的な拒絶反応は認められず、世界に大きな衝撃を与えた。
 米国では21年、遺伝子改変ブタの腎臓を脳死患者に移植する実験的研究も行われた。一方、日本では一部研究者が異種移植の研究に取り組んできたが、臨床での実施には至っていない。

数年後に試験
 「正直、こんなに早く実現するのかと驚いた。異種移植の研究が本格化して以来約30年で最も画期的な出来事だった」。明治大発のベンチャー企業「ポル・メド・テック」の創業者で、医療用の遺伝子改変ブタを長年研究してきた長嶋比呂志専任教授(発生工学)は米国でのブタ心臓移植をこう評した。「異種移植が、臓器不足解消の現実的な選択肢になるのではないかという期待が膨らんだ」と指摘する。
 機運の高まりに同社は臓器移植の臨床開発に事業をシフトした。先行する米企業から10種類の遺伝子を改変したブタ細胞の提供を受け、元の動物と遺伝的に同じ個体を作り出す体細胞クローニング技術を使って遺伝子改変ブタを作る考えで、数年後の臨床試験開始を目指し複数の大学と検討を始めた。腎臓や心臓、膵島(すいとう)細胞の移植を目指す。
 さらに、15種類の遺伝子を改変したブタの開発にも着手した。移植臓器が年単位で生着するには、より多くの遺伝子改変が必要とされるためだ。

新たな指針を 
 臨床試験への課題は少なくない。厚生労働省は16年に異種移植の指針を改定したが、これは動物の細胞を人に移植する場合の感染対策に主眼を置いたもので、遺伝子改変動物からの臓器丸ごとの移植を想定した指針は存在しなかった。
 そこで日本医療研究開発機構(AMED)の研究班が7月、新たな指針案の作成に乗り出した。長嶋さんをはじめ多様な分野の専門家が参加しており、ドナーとなるブタの飼育管理や病原体の混入防止、拒絶反応の低減など、安全で質の高い異種移植実施のための方策を検討する。
 研究班代表の佐原寿史鹿児島大准教授は「日本の移植医療の限界を乗り越えるため、国内の研究者が一丸となって、現実的な課題に取り組んでいきたい」と話している。 (共同=岩切希)

メモ 心臓は4年以上待機
 異種移植への期待の背景には、世界的な臓器提供者(ドナー)不足がある。日本臓器移植ネットワークによると、各国の人口100万人当たりの臓器提供数を比較すると日本は0.88で、米国の51分の1、韓国の9分の1にとどまっている。このうち重症心不全の最終的な治療法とされる心臓移植では、国内で移植を望んでも平均4年以上待たなければならず、待機期間はさらに長期化の傾向にあるという。
 こうした現状を踏まえ、国立循環器病研究センター心臓外科の福嶌五月部長は「異種移植は重症心不全の新たな治療の選択肢として期待が大きい」と指摘している。