<金口木舌>「さらばんじ」を生きる


社会
<金口木舌>「さらばんじ」を生きる
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 「さらばんじ」とは真っ最中という意の沖縄語。声楽家の泉惠得さんはこの言葉を生きた

▼公演や舞台企画、合唱団指導に励んだ。働き盛り、全盛期の気概である。2022年の作品集に「75歳 『さらばんじ』テノール」という副題を添えた
▼平安座島の生まれ。島の先輩に詩人で琉球古典音楽家の世禮國男がいる。泉さんは島内で演じられる芝居に熱中した。父は琉球古典音楽の演者。「私を音楽に導いたのは芝居であり、父の弾く三線だった」と語る
▼1990年代にイタリアやドイツで西洋音楽を追い求め、「自分の足元、血の中」にある沖縄音楽、そして宮良長包とも向き合った。古希のコンサートで「伊野波節」を歌い、「私は父の音楽に回帰したことになる」という感慨を抱く
▼「さらばんじ」のまま泉さんは逝った。幼い日に歌っただろう。平安座小中学校の校歌は世禮の作詞。冒頭に「遥かなるかな 太平洋 灼熱の陽を浴びて 輝けり」とある。テノールを響かせ、平安座の海から太平洋へ旅立つ声楽家の魂を想像している。