<金口木舌>忘れる勿れ


<金口木舌>忘れる勿れ
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 「筆舌に尽くしがたい」との言い回しがあるように、人は想像を絶する経験をしたとき、説明の言葉を失う。沖縄戦の体験者も、誰もが多くを語ってきたわけではない

▼県の八重山戦争マラリア死没者慰藉(いしゃ)事業の一環で編さんされた「悲しみをのり越えて」は多くの体験記を収録する。詳細に記す人がいる一方、波照間島の男性は「筆舌には尽くせない」のタイトルで、たった5行を残した

▼波照間の島民は日本軍の命令によってマラリアが蔓延(まんえん)する西表島に移住させられる。男性の体験記は、移住のため荷物をまとめたところで終わる。その後、島民の3人に1人が亡くなる

▼西表島の南風見田の浜に「忘勿石(わすれないし) ハテルマ シキナ」と刻まれた石がある。波照間国民学校の識名信升校長が子どもと学んだ場所であり、亡くなった子どもを弔った場所に痛恨の10文字を残した

▼今年3月、波照間島から西表島を望む丘に新たな慰霊碑ができた。戦後79年の時を経て、忘勿石の文字は薄れている。言葉は少なくとも「忘れる勿(なか)れ」の願いは島民の心に刻まれている。