薩摩侵入 (さつましんにゅう)

 慶長の役とも。薩摩島津氏は、琉球に対し、日本に漂着した琉球人を送還したことに関して徳川家康に聘礼使を派遣するよう要求したが、琉球はこれを拒絶。島津氏は1609年春、琉球討伐に向かう。樺山久高を総大将に兵3000が100余隻で、奄美大島、徳之島を平定しながら今帰仁運天に入り、南下して読谷から再上陸、海路と陸路から首里へ進軍。首里城を占領した。尚寧王と三司官らは薩摩、江戸へ連行された。以後、琉球は薩摩の属領となった。


『最新版 沖縄コンパクト事典』2003年3月・琉球新報社発行、2,415円(税込)