【ペルー】開拓精神に思いはせ 「サンタ・クララ」訪問初入耕地


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「沖縄移民第一航海者36名入耕地記念碑」を訪れた県人会幹部、婦人会幹部、日系人協会幹部ら=11月23日、ペルーのリベルター県

 1906(明治39)年11月21日、ウチナーンチュ36人が、厳島丸でペルーの大地に第一歩をしるしてから、今年で100年という記念すべき大きな節目の年を迎えた。これを機に、ペルー沖縄県人会(フアン島袋会長)・移住100周年記念祝典実行委員会(エンリケ真栄城実行委員長)は11月23日、ペルー北部、リマから北に447キロ地点の沖縄県人最初の入耕地「サンタ・クララ耕地」に立つ記念碑を訪れた。
 ペルー北部リベルター県とアンカシュ県の県境を流れるサンタ川の近くに位置する「サンタ・クララ耕地」。最初のウチナーンチュ36人(旧具志頭村14人、旧玉城村17人、旧大里村3人、旧知念村1人、名護市1人)が入耕したこの地は、サンタ川に面した肥えた土地で、ペルー人が経営する大農場でもあった。
 アンデスのふもとまで迫る耕地には綿畑とサトウキビ畑が広がり、沖縄県人のほか佐賀県人も同時期に契約移民として入耕したと記されている。
 リベルター県ワダルピート部落郊外に建つ記念碑には、県人会幹部、顧問、婦人会幹部、日系人協会幹部、呉屋守将在那覇ペルー共和国名誉領事の名代として沖縄から参加した當山市代さん、玉那覇千夏さんも含め総勢20人の訪問団が向かった。記念碑近くには同部落の墓が点在し、後ろには干しレンガを積み重ねた家が数軒立っている。記念碑から遠望できる緑豊かに広がる土地は、100年前の先人たちが異郷の地に大きな夢を抱いて入耕したであろう畑が広がっている。
 記念碑を前にして思わず心に何かこみ上げて来るのを感じた。これまで長年にわたって先人たちが培ってきた、ウチナーの「チムガナサ」「イチャリバ・チョーデー」「ユイマール」といった伝統的な精神は県系人社会に脈々と受け継がれてきていると確信し、先人たちに感謝の気持ちをささげた。リマから持参した花を供え、當山さん持参の泡盛も供えた。
 それぞれの思いを残し、第2の訪問地「トルヒーヨ市」に向かった。同市に設置されている記念碑は今から25年前の1981年、県人移住75周年を記念して、当時の県人会長、故徳村政繁氏らが中心となって建設したものだ。
(赤嶺光弘通信員)