【ボリビア=梅田正覚】琉球政府による計画移民で南米ボリビアに県系人が入植してことしで60周年。1954年から10年間、19次にわたって計3385人の移民がボリビアに渡った。
移民らは広大なジャングルを切り開いて、移住地を築いた。現在は三つの移住地に約800人の県系人が住む。苦労の時代が長かったが、90年代から機械化による大規模農業が成果を挙げ、現在はボリビア政府から「小麦の首都」として認定され、国内でも有数の農業地帯として評判が高い。17、18日(日本時間18、19日)にかけて豊年祭や60周年の節目を祝う記念式典と祝賀会が開催された。沖縄からの訪問団や過去にボリビアに入植したが、さまざまな事情で周辺国に去った県系人ら多数が駆け付けた。移住地に住むボリビア人も一緒に参加し、街全体で将来の発展を願う姿勢がうかがえた。さまざまな人の思いが交錯する移住地の様子を写真で紹介する。
英文へ→Photographs: the 60th anniversary of Okinawan immigration to Bolivia