<ライフ イン NY>4 沖縄研究者らを支援/園子・ナイスワンダーさん


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「何らかの形で人のためになりたい」と語る園子・ナイスワンダーさん

 琉球大学付属病院で看護師として働いていた園子・ナイスワンダーさん(旧姓喜久里、久米島出身)は、筑波大学で研修を受けている時、中国史を学びに来ていたレックスさんと知り合い結婚した。その後、レックスさんは、コロンビア大学のロースクールで法律を勉強し弁護士になった。
 園子さんは、ニューヨークの看護師資格を取得し、皮膚内科に職を得た。就職先の病院は50年の歴史を誇り、世界的にも有名。世界各地から患者が訪れ、映画スターらもお忍びで来るという。「何人もの有名人に会っている」と笑う園子さん。また、そこはアジア人に多いといわれるアトピー性皮膚炎治療も専門にしており、日本人患者への日本語でのカウンセリングは園子さんが担当。園子さんは、患者の良き相談相手としてこの病院でなくてはならない存在になっている。

 ニューヨーク社会の第一線で働いている園子さんとレックスさんの共通するライフワークの一つに「ナイスワンダー募金」を設立したことがある。これは、2人が寄付をし、その利子でアジアについて勉強している大学生に本を送ったり、イベントの開催に一役買ったりしている。
 第1回のイベントは1988年に行われ、沖縄の基地をテーマにゲストスピーカーにアーミテージ・元米国防長官と平恒次教授が招かれた。2回目の2003年には「Okinawa Island Paradox」と題して、米国内の沖縄研究で知られる学者6人が招かれた。
 沖縄の長寿を研究し、ベストセラーになった「The Okinawa Program」の著者、ウィルコックス博士をはじめ沖縄伝統織物の専門家、戦後の沖縄を研究する歴史家、戦時中から戦後を通して生き抜いた沖縄女性を専門とする学者らの基調講演が行われた。プログラムの最後には琉球舞踊を紹介、さらに映画「ナビィの恋」が上映されたり、沖縄の織物、紅型、工芸品や写真などが展示された。
 会場となったカンサス大学のキャンパスは、1カ月にわたって沖縄一色になった。スポンサーである園子さんは、「この沖縄をテーマにイベントが成功したのは、沖縄そのものがいろいろな分野でアメリカ人に何かを引き付ける独自の魅力があるからと思う。始めたきっかけは、夫が母校のカンサス大学の学生の時、多くの教授たちに世話になり、その恩返しも兼ねようということだった。また大きな目的の一つとしてこれから社会に巣立っていく若者の育成のために何かできないかと夫と二人で考えた。大学側もわれわれの考えに賛同し、協力を惜しまなかった」と話した。
 音楽が趣味ということもあり、音楽家を育てる援助もしている2人。そして今年3月、2人はニューヨークで活躍する音楽家と共にヒマラヤ山脈のラダムサラという、亡命して来たチベット人街を訪ね、そこでのピースコンサートに参加した。ダライ・ラマとも直接会見した。3週間の日程でインドを回り、いろいろ勉強になったという園子さんは、「これからも何らかの形で人のために力になりたい」と笑顔で語ってくれた。(鈴木多美子通信員)
 (おわり)