【アルゼンチン】創立45周年を祝う/野村流音楽協亜国支部


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盛大に催された野村流音楽協会亜国支部の創立45周年記念芸能祭

 ウチナーンチュの心の慰めは、何と言っても三線の奏でる音を聞くことだ。アルゼンチン移住者も例外ではない。
 アルゼンチンでは移住が始まって以来、言語習慣の違いで屈託した心を癒やしてきたのは、三線の音だった。そうした三線が、移住者の増加に伴って段々と複雑化してきて、それを一本化してまとめなければならなくなった。つまり、組織化が必要となったわけだ。
 このような流れの中で、野村流音楽協会亜国支部が発足したのが1960年で、北中城村出身の大城永牛氏を会長において出発した。そして今年、創立45周年を迎え、記念芸能祭を催した。

 アルゼンチンでは同協会は、在亜沖縄県人連合会の次に組織の大きい団体であり、それが記念芸能祭となると盛大そのもの。しかも後援が在亜沖縄県人連合会、らぷらた報知社、筝曲興陽会亜国支部となると余計大きくなる。
 殊に今回は隣国ブラジルから野村流伯国支部や琉舞の師匠らが30人、さらに一般客12人の計42人の慶祝団が来亜。にぎやかな芸能祭となった。
 記念芸能祭に際して稲嶺盛信支部長はあいさつの中で、「先輩たちが築いてきた野村流音楽協会が、ここに45周年記念を迎えることができたことは心から喜ばしいこと」と述べるとともに、「隣国ブラジルからも、かつてない大勢の祝賀客が来られたことは、この芸能祭になお一層花を添えた」と話した。
 このあと喜友名朝宏ブラジル元支部会長の祝辞を古波蔵智元支部長が代読、続いて米須清文在亜沖縄県人連合会長、伊盛秀子筝曲興陽会亜国支部長、知念直義ブラジル支部長、比嘉善雄らぷらた報知社長がそれぞれ祝辞。元支部長で今回の記念芸能祭委員長の栄口朝行氏の乾杯で式典を終え、芸能祭へと移った。
 野村流音楽協会員総出の「かぎやで風節」で幕開けし、引き続き独唱、舞踊など26演目があり、芸能祭が終了したのは午前1時すぎになっていた。(新垣善太郎通信員)