「第1回横浜トリエンナーレで、オノ・ヨーコさんが『貨物車 FREIGHT TRAIN』を出品しましたが、作品は今どこにあるのでしょうか?」。神奈川新聞の「追う! マイ・カナガワ」(マイカナ)に横浜市磯子区の70代女性から、こんな声が寄せられた。2001年の第1回を知る人や関係者をたどり、女性の疑問を追ってみた。
3年に1度開催される現代美術の国際展「横浜トリエンナーレ」は横浜美術館(同市西区)などを会場に世界各国からアーティストが参加し、市民がアートを体感する多彩なプログラムも開かれる。第8回は6月9日まで同美術館などで開催中だ。
女性が記憶するオノさんの「貨物車」は、ドイツ国鉄の貨物車に銃弾で蜂の巣状に穴を開けた大型作品。横浜赤レンガ倉庫(同市中区)の会場に展示され、音のほか、夜になると銃弾の穴から光を放ち、空に向かってサーチライトも伸びる演出となっていた。作品概要を記した書籍には「戦争の悲劇と不条理を説き、愛の重要性と魂の救済を訴える、スケールの大きな作品」とある。
折しも、展示期間中に米中枢同時テロ(9・11)が発生。女性らは「横浜から平和を発信したい」と市民実行委員会をつくり、貨物車の前で「イマジン・コンサート」も開催したという。作品は市民の要望で、トリエンナーレ終了後の02年夏まで展示されていた。
あれから23年。ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃など、紛争が絶えない世の中で女性は願う。「あの貨物車は今も横浜にあるのでしょうか。もう一度、よみがえって光を放ってほしいです」
■作品の行方 基本は返却
横浜・みなとみらい21(MM21)地区のホテルの外壁に取り付けられた全長35メートルの巨大なバッタ、床に敷き詰められた草間彌生さんのミラーボール─。2001年に初開催された第1回横浜トリエンナーレでは、今も記憶に残る名作品があった。
オノ・ヨーコさんの作品「貨物車 FREIGHT TRAIN」も、当時、廃屋となっていた赤レンガ倉庫(横浜市中区)に展示され、市民に大きな感動を与えた。
「作品が心に残って20年後に行方を聞いてくれるのは、すごいこと」。現在の横浜トリエンナーレ組織委員会総合ディレクターで横浜美術館(同市西区)館長の蔵屋美香さんは驚く。
作品の行方を尋ねると、「残念ながら、分からない」と蔵屋さん。作品はあくまでアーティストやギャラリーなどが所有するもので、横浜トリエンナーレの作品は展覧会が終了するとそれぞれに返却されるという。開催地に残す場合は、作品を購入するなどの手段が一般的だ。
■残った作品
他地域のトリエンナーレでは開催地域に作品が残るよう、最初から計画されているものもあるという。
「第1回のバッタやミラーボールが横浜に残らなかったのは事実」と蔵屋さん。「今後の課題として予算の許す限り、最初から残す作品をつくっていくことを考えてもいいのではという声もある」と打ち明ける。
そんな中で唯一、横浜に残った作品が臨港パーク(同区)にあるといい、足を運んでみた。
海沿いに、巨大なフルーツが木に組み合わされた鮮やかなオブジェがたたずむ。第1回で展示されたチェ・ジョンファさんの「フルーツ・ツリー」だ。記念碑には、02年の「FIFAワールドカップ日韓共催」を記念し、民間団体から同市に寄贈されたなどの経緯が記してあった。
■メッセージ
オノさんの作品を扱っているギャラリーならば「貨物車」の行方を知っているかもしれない…。連絡先を探していると、03年に米・ニューヨークの美術館で展示されていたことが分かった。
同館のサイトで作品紹介を読むと、日本人の名前を見つけた。第1回横浜トリエンナーレでアーティスティック・ディレクターを務めた元森美術館(東京都)館長の南條史生さんだ。
都内の事務所を訪ねると、貨物車の行方を教えてくれた。「現在は、オノ・ヨーコさんの倉庫に収納されているようです」。南條さんがニューヨークにいるオノさんの個人キュレーターに直接問い合わせてくれていた。
元々、南條さんが作品の存在を知り、旧知の仲だったオノさんに相談して横浜トリエンナーレでの展示が決まったという。「貨車の金属の箇所に銃弾が当たると、弾が跳ね返ってくるのでものすごく危なかったと、本人から聞いた覚えがある」と、欧州での制作中の秘話も披露してくれた。
作品が展示された当時、テロで社会が分断されるとは思っていなかったという南條さん。しかし直後に米中枢同時テロが発生し、さらに今も各地で戦争が生じている。「また、こういう作品が意味深いメッセージを持つ時代になってしまったのはすごく残念」と声を落とす。
南條さんはこう続けた。
「同じ悲劇を繰り返してしまう人間は本当にどうしようもない。ただ、こういう作品が、みんなの心を平和へと向けてくれることが希望です」
<取材班から> 現在開催中の第8回横浜トリエンナーレのテーマは「野草:いま、ここで生きている」。経済格差やジェンダー平等など、社会の中で声を上げることが困難な少数派の人々の生活や思想に目を向ける。戦争のリアルを伝える「オープングループ」の映像作品「繰り返してください」は、ウクライナ市民が自ら体験した爆撃などの音を再現するインパクトのある作品だ。トリエンナーレを通じて、現代社会が抱えるさまざまな課題に目を向けたい。(蓮見 朱加)
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