レトロな魅力が満載 宜野湾市大山のファーニチャーストリート

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多くのアンティーク家具やこだわりの照明が並ぶ「PEARL」=宜野湾市大山の同店

 宜野湾市大山の国道58号真志喜北交差点から伊佐交差点までの通りは、おしゃれな家具店が20店近く立ち並び、いつしか「ファーニチャーストリート」と呼ばれるようになった。家具店だけでなく、個性的な雑貨店やバイクショップなども集まり、アンティーク好きにはたまらない雰囲気が醸成されている。アメリカ世を色濃く残す店舗群は、県民も観光客も引き付けてやまない。


米国で買い付けた家具を修繕し、新しい命を吹き込む「PEARL」の職人=宜野湾市大山の同店

軍払い下げから輸入へ

 米軍普天間飛行場のゲートがある大山は、1960年代に米兵相手の商売が興った。軍の払い下げや本国へ帰る米兵らの下取り家具を修繕して売る店も集まり、県民も多く訪れた。

 夫婦でアメリカ物好きで、大山に足しげく通っていた新川尚紀さん(48)、真弓さん(47)夫妻は、好きが高じて与那原に家具店を開業。1997年には憧れだった大山に移転し、「PEARL」をオープンした。

 当初は新川夫妻も払い下げの家具を仕入れていた。しかし、人気の60年代の家具が出回らなくなった上、2001年の米中枢同時テロ以降は払い下げ品の入札もしづらくなった。現在は米国で直接買い付け、修繕したアンティークやビンテージの家具を販売する。

 店の地下に作業所を設け、輸入したアンティーク・ビンテージ家具を職人が修繕し、新しい命を吹き込んでいる。尚紀さんは「仕入れた家具は塗装もはげているし、ぐらつきもある。歴史のある家具を修理し、また長い年月使ってもらいたい」と語る。

 こだわりの家具や照明などが並ぶ店内は、時間も空間も移動したかのような錯覚を起こすほど。沖縄市から訪れた客の女性(43)は「見ているだけでも楽しい」と顔をほころばせる。


「男前インテリア」を充実させる「ERMITAGE」の端田幸二郎さん=宜野湾市大山の同店

独立採算で個性出す

 スパイダーマンの看板が目を引く「ERMITAGE(エルミタージュ)」は男目線のインテリアや小物がそろう雑貨店だ。オーナーの端田幸二郎さん(54)が通りの魅力に魅せられ、2007年に開店した。端田さんは北谷町にあった大型雑貨店「ETWS」(エトワス)を立ち上げた人物だ。

 独立した端田さんは大山の空気感に引かれて店を開いた。「家賃が比較的安い分、店内の装飾に回せる。表現する場所としての魅力も高かった」という。駐車場がないなどの不便さもあるが、独立採算で個性を出せるインディーズ魂が根付いているのも大山の魅力の一つ。「面白い店が多いので、情報の発信力を高めればもっと人が集まる。プラスのスパイラルを生む力が大山にはある」と語る。

ワンダーストリート?

 「ファーニチャーストリート」の名前が定着しつつあるが、実は1992年に大山通り会が別の名前で売り出そうとしていたのだ。その名は「ワンダーストリート大山」。共同店舗開発を目指していた通り会の市場調査記録に、その名前が残る。「驚きと発見のエキゾチック・タウン」「異文化理解が深まるフレンドシップ・タウン」「街はいつもファンタジー・シネマのように」。調査記録には、当時の通り会が導き出したイメージコンセプトも記されている。

 「ワンダーストリート大山」は普及しなかったが、そのコンセプトが表す魅力は「ファーニチャーストリート」となった今も変わっていない。

文・稲福政俊
写真・屋嘉部長将

 


呉屋勉さん(元大山通り会世話人)

◆若者活躍し通りに活気を 呉屋勉さん(元大山通り会世話人)

 東京五輪があった1964年ごろに店舗が建ち始めた。本国土産として米兵は中国家具を買い求め、県民は軍払い下げの家具を目当てにやってきた。外車のディーラーや米兵相手の飲食店など、さまざまなジャンルの店でにぎわった。

 国道58号沿いの好立地のため、現在は分譲マンションの建設が進んでいる。人口が増えるのはいいが、商売人としては少しさみしくもある。このまま住宅地化が進むのか、商売の場所として息を吹き返すか。今、通りはまさに岐路に立っている。

 通り会でワンダーストリートを打ち出したとき、ペナントを作って各店舗に配ったが、店の雰囲気に合わないなどの理由で浸透しなかった。通り会は2014年から休眠状態だが、いつでも再開できるように残金は保管している。若い世代が立ち上がり、活躍してくれることを願っている。

(2016年7月5日付 琉球新報掲載)


宜野湾市大山 ファニチャーストリート




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