「1997年生まれ」がアツい! 沖縄の音楽シーンを賑わす 奢る舞けん茜×ヤングオオハラ 対談インタビュー

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奢る舞けん茜のとや(左)とヤングオオハラのヨウヘイ・ギマ。切磋琢磨する仲だ

 「1997年生まれ」の世代が今、沖縄の音楽シーンを賑わせている。2000年代初頭の沖縄音楽ブームとはまた違う形での“噴火前夜”のような空気感が、現場には溢れている。

 その代表格である『奢る舞けん茜(しゃるまいけんあかね)』と『ヤングオオハラ』は共に平成9年~10年生まれのメンバーで構成されたバンドだ。

 互いにバンドを始めた頃から切磋琢磨しあってきた間柄。各バンドの中心人物となる とや(奢る舞けん茜)、ヨウヘイ・ギマ(ヤングオオハラ)の2人にインタビューした。

 これからの沖縄の音楽シーンを引っ張っていく彼らの声を届けたい。



―自己紹介をお願いします。

 とや 「奢る舞けん茜というバンドで歌とギターを担当しています、とやです。僕らは2011年の夏に帰宅部だった中学生4人で結成されたバンドです。キャッチーな曲が売りのバンドです」



 ギマ 「ヤングオオハラは2016年に結成したバンドです。僕はギターを担当しています、ヨウヘイ・ギマと申します。」


―お互い音楽を始めたきっかけって何だったんですか?

 ギマ 「僕は映画〈20世紀少年〉の主題歌だったT・レックスが歌う〈20th Century Boy〉を聴いて音楽に目覚めました。 『何だ、この轟音は!?』っていう衝撃が強くて。なのに、すごくキャッチーで心を捕まれて、『これだ!!!』と思ってすぐにギターを始めました。

 地元には楽器やってる子が1人もいなかったんで、ずっと家で弾いてました。高校に入ってからバンドは始めました。」

 とや 「僕は父親がTHE BLUE HEARTSの大ファンで、若い頃に買ったであろうギターを物置の奥から見つけて、小学校の頃にずっとそれを遊び道具にしていました。

 MONGOL800とか見よう見まねで弾いたりして。中学生になったらお風呂入っている時に適当に鼻歌で作った歌なんかを、その後ギターでコード付けて曲を作ったりしてました。

 そこから今のメンバーに声をかけて、バンドを始めました。皆で機材買ったり、録音したり、勝手にアルバム作ったりして遊んでました」


T・レックス、THE BLUE HEARTSにそれぞれ影響を受けたという2人

―2人は同級生だったり、他のメンバーも同い年が多かったりしますが、初めて出会った時の事って覚えていますか?

 とや 「TOKYO FMの〈SCHOOL OF LOCK!〉っていう番組が企画している、〈閃光ライオット〉っていう10代限定の音楽イベントがあって、その時のオーディションで知り合いました。

 予選を勝ち抜いて、福岡で開催される最終審査に向かう時の空港が初対面ですね。香取慎吾に似てる子がいるなーって思ったらギマくんでした」


「こんなカッコいい同級生のバンドが沖縄にいるんだ!と思った」とヤングオオハラの第一印象を語るとや

 ギマ 「その時、とやが自分のギターと間違えて僕のギターを持って行こうとしてて、慌てて話しかけた(笑)。

 僕の『奢る舞けん茜』への第一印象は、1人金髪のメンバーがいて、びっくりした事ですかね。当時高校生だった僕らにはむちゃくちゃ刺激が強かったのを覚えています」

 とや 「その後、宿泊地も同じだったこともあってすぐに仲良くなりました。お菓子とか一緒に食べたりして。」

―その最終審査の時に、初めて互いのバンドのライブを見たってことに?

 ギマ 「そうですね。僕らは、今のバンドの前身となるバンドでエントリーしていて、確か、僕らが1番手でした」

 とや 「控え室からライブの様子を見ていたんですが、衝撃でした。

 『こんなカッコいい同級生のバンドが沖縄にいるんだ!』って思って。当時同年代で音楽やってる子に出会った事がなかったので」


「音楽性の変化を身近で見られて嬉しい」と奢る舞けん茜について語るギマ

 ギマ 「僕も初めて『奢る舞けん茜』のライブを見た時は『完成されたバンドだな…』と思いましたね。

 高校生なのに曲のクオリティが高くてびっくりしました。」

―当時は、お互い沖縄ではライブ活動はしていましたか?

 とや 「僕らは割と活動していました。その大会にエントリーしたのも初ライブから1年経ったぐらいで」

 ギマ 「逆に僕らは全然活動的じゃなくて。遊びの延長線上でバンドをしてました。

 高校時代の思い出作りのために応募したら、トントンと受かって最終予選まで行ってしまって、調子乗ってました(笑)」

―初めて出会った時から4年ほど経って、互いのバンドともいろんな経験をして力をつけてきたと思うのですが、今と昔で改めて印象って変わりましたか?

 とや 「初めて会った時はびっくりしただけだったんですけど、そこから仲良くなってよく一緒にライブもするようになりました。

 そこからあらためて思ったのは、ヤングオオハラは曲が本当に良いということですね。曲がどんどんライブごとに良くなってきている印象を受けます。このいい曲たちを早く音源として聴きたいですね。」

 ギマ 「僕が『奢る舞けん茜』に対して思うのは最初に出会った頃とは、音楽性がガラリと変わってきていて。その変化も身近で見られて嬉しいし楽しいですね。今後ももっと良い意味で変わっていくと思うし、楽しみです。」

―高校生の頃から2バンドでイベント企画もしていたと思うんですが、今年2月にもイベントを開催しますよね。しかも東京から世界中で活躍するtricot ※1 を招いてとのことですが、そのイベントに対する意気込み等を聞かせてもらえますか。


2月には、tricotを招いたイベントを開催する

 とや 「ぶっちゃけ僕らはtricotのような音楽はやっていないので、彼女たちに立ち向かうっていうよりも肩を並べたいと思っています。

 『こんなヘンテコなバンドが沖縄にいるんだ』って一週間くらい向こうに覚えていてもらえたら嬉しいです(笑)。忘れられないようなライブがしたいです」

 ギマ 「僕らのメンバーは高校の頃からtricotが大好きで、『いつか一緒にやりたい』と思っていたんですけどこんなに早く実現するとは思っていなくて。正直信じられないですね、今でも。でも臆せず相手をびっくりさせたいな、と思ってます」

―今回のイベントはどのような経緯で決まったんですか?

 ギマ  「元々ずっと僕らがやっていた〈危ない演奏会〉というイベントがあって、その企画で『tricotを呼んだらどうか』という話を上江洲さん(ライブハウスOutput店長)から頂いて。それでダメ元でお願いしたらtricotもオファーを許諾してもらって決定しました。

 〈危ない演奏会〉とライブハウスOutputの5周年祭の合同企画っていう形ですね。すごい気合い入ってます」

―2016年は、ヤングオオハラは前身バンドからメンバーが替わり新しく再スタートして、奢る舞けん茜はMONGOL800が主催したロックフェス「What a Wonderful World!!16」に出演するなどお互い大きな転機があった年だと思うのですが、2017年はどのような年にしたいですか?

 とや 「2016年を振り返って思うのは、高校を卒業して『誰も近寄れないような凄いバンドになってやる』と決意したのですが、全然ダメで…。その分ライブバンドになるために沢山ライブをしてパフォーマンス力をつけた1年になったと思います。

 今年は沢山作曲して自分の人生最高の曲を作りたいですね。自分が死ぬ直前に聴きたいなって思えるような最高な曲を。そんな音源のリリースも出来るようにしたいです」

 ギマ 「昨年はメンバーやバンド名が変わったりなど試行錯誤の1年でした。そんな転機を経て、今年は大きな動きをしたいです。春頃に音源も出せたらいいなと思っています。

 あとは県外にライブしに行きたいですね。ツアーしたいです。20歳にもなる年なので、良い1年にしたいです」

-最後に2人の野望を教えてください!

 とや 「僕の通っていた高校はバンドよりもダンスが盛んな学校で、みんな音楽に興味を持ってくれなかったんです。

 そんな同世代たちを近いうちにみんな音楽を好きにさせて、毎週末沖縄のどのライブハウスに行っても満員っていうような流れを作っていきたいです」

 ギマ 「僕の野望はざっくりですけど、同世代でムーブメントを作っていけたらと思います。

 例えばうちのボーカルのゆきとも君がファッションアイコンとなって沖縄の若者みんなが格好を皆マネする、みたいな(笑)。アムラーブームがあったみたいに、ユキラー的な(笑)」

 

文・写真 野添侑麻

 

※1 tricot
 中嶋イッキュウ(ボーカル、ギター)、キダモティフォ(ギター、コーラス)、ヒロミヒロヒロ(ベース、コーラス)によって2010年結成。展開の予想出来ない独特でスリリングな楽曲、それでいて耳から離れない中毒性の高いサウンドに、力強くも可憐で繊細なボーカルが絶妙にマッチし唯一無二の世界観を生み出している。



― インタビュー後記 ―

 今、県内の音楽シーンはここ数年で最も濃く、熱量のあるアーティストがとても増えてきているように感じる。2000年代初頭の沖縄音楽ブームとはまた違う形での“噴火前夜”のような空気感が、現場には溢れている。

 今回インタビューした2組に限らず、どのアーティストも個性を持ち、実力のあるバンドが台頭してきている。パソコンやスマホ1台あれば音楽が作れてしまう時代。そのような時代に生まれた子たちが、日々高いレベルで曲を作り、高いレベルのライブパフォーマンスも披露しているという事。

 『沖縄の音楽ブームなんて、過ぎた昔の話だよね』と思っている県民一人ひとりに改めて再提示したい。アーティスト自らが動き、声に出し、世の中へ堂々と主張する。そのような行動が、SNSやライブを通じて人々の心を掴む。

 “あの時代”を見てきた世代が新しくシーンを産みだしムーブメントが出来上がろうとしていることを。「音楽の島・沖縄」の復活は近い。



〈奢る舞けん茜 プロフィール〉

 とや(ボーカル、ギター)、かつや(ギター)、まつどー(ベース)、いじゅ(ドラム)。

 メンバー全員与那原町育ち。近所に住む仲間で結成されたオルタナティブエモバンド。

 当時中学生だった彼らは学校が終われば集い、オリジナル曲を合わせるという事に時間を費やし中学生時代を終わらす。

 高校生になってからライブ活動を始め、10代限定ロックフェス〈閃光ライオット2014〉で約3000人の前で演奏したり、ミニアルバムをリリースしたり、MONGOL800主催〈What a Wonderful World!!16〉に出演を果たすなど色々な事を経験する。

 そして2月17日にtricot、ヤングオオハラとのスリーマンライブ〈危ない演奏会〉を控える彼らはきっとこの瞬間も血眼での中に見えるメロディーを、とてつもなく爆音で聞こえる足音のようなリズムを紡ぎ、そして表現しようとしている。例え仮免に落ちても。チェケ。

奢る舞けん茜 オフィシャルtwitter https://twitter.com/syarumaiken



〈とや プロフィール〉

 1998年2月19日生まれ。魚座。父親がTHE BLUE HEARTSをコピーするために友人から貰ったギターをメインギターに使っている。

 好きな言葉はオーリー。




〈ヤングオオハラ プロフィール〉

 ハローゆきとも(ボーカル、ギター)、ヨウヘイ・ギマ(ギター)、みつき(ベース)、のりとも(ドラム)。2016年1月に那覇市で結成された4人組バンド。

 パンク、エモ、ヒップホップ、レゲエ、マスロックをJ-POPに落とし込んだ独自のサウンドで沖縄県内を中心に活動中。

ヤングオオハラ オフィシャルtwitter https://twitter.com/young_ohara



〈ヨウヘイ・ギマ プロフィール〉

 1997年9月19日生まれ。乙女座の男の子。大分出身の母と沖縄出身の父とのハーフで西原町の田舎の方で生まれ育つ。初めて買ったギターはTOKAI製のレスポールモデル。好きな言葉は節制。


聞き手・野添侑麻(のぞえ・ゆうま)

 音楽と湯の町別府と川崎フロンターレを愛する92年生。18歳からロックフェス企画制作を始め、今は沖縄にて音楽と関わる日々。大好きなカルチャーを作っている人たちを発信できるきっかけになれるよう日々模索中。沖縄市比屋根出身。



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