そのビジネスモデルは大丈夫? 未来を拓くデザイン思考とは デザイナー田子學さんが語る(上)


社会
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従来のビジネスモデルが破綻し、新しい活路を見いだすべくイノベーション(革新)が叫ばれている。そんな中、日本のワイン界に新しい風が吹き始めた。山梨県の半導体加工メーカー・塩山製作所が、新規事業としてワイン醸造に乗りだし、勝沼の半導体工場を2017年4月、ワイナリー「MGVs(マグヴィス)」として〝変身〟させたのだ。半導体とワイン。一見、関係性が見えない両者を「デザインマネジメント」という経営手法でつなぎ、企業、従業員、地域の思いや歴史を編み込み、企業の新しいストーリーを描いてみせたのがデザイナー田子學さん(47)=横浜市=だ。その過程やイノベーションを生み出すためのヒントを聞いた。

◇佐藤ひろこ(琉球新報Style編集部)

デザインマネジメントの可能性を追究し、新しい価値創造を実践するデザイナーの田子學さん

半導体工場がワイナリーに生まれ変わった

ワイナリー「MGVs(マグヴィス)」。前身は半導体工場だった。右奥はワインづくりでも活躍している窒素タンク photo by Junya Igarashi

ワイナリー「MGVs(マグヴィス)」は僕が近年、最も面白くて、最も興奮する仕事の一つです。この事業はイノベーションです。ワイナリーのオーナー=塩山製作所社長である松坂浩志さんは、半導体製造加工会社のオーナーです。全く異業種の人がワイン醸造事業を始めたわけです。

その背景には、日本の産業の絶頂期を支えていた半導体ビジネスが近年、急速に競争力を失っている現状が横たわっています。諸外国は日本をつぶすような戦略で、国策として半導体をつくっていますから、そこで勝負するよりも違うビジネスを考えた方がいいわけです。

僕は新事業が生まれる前から松坂さんと話をしてきました。当初は老人ホームにするという話もあったそうです。ワイナリーという結論に行き着いたのは最後の最後です。工場があった勝沼は、日本で最も古くからワイン造りが始まった地域。日照時間が長く、松坂さんが以前からブドウ畑を所有し栽培していたという好条件はありましたが、最終的に決断したのは松坂さんに、ある思いがあったからです。

ワイナリー「MGVs(マグヴィス)」オーナーで塩山製作所社長の松坂浩志さん photo by Junya Igarashi

半導体の事業が厳しくなり会社が疲弊していく中、新しい活路を模索しながら松坂さんは「人が豊かになる瞬間って何だろう」と考えたわけです。

「短いスパンの事業ではなく、長いスパンで次なる人たちを育てられるような事業をやりたい」
「文化を発信できる場所をつくりたい」

そんな文脈の話を、事業がスタートする前から聞かせてもらい、大いに共感しました。つまり松坂さんは、地域の耕作放棄地や、人材育成の問題、事業継承のことまで考えていたわけです。

土地を生かし、長いスパンで育てる事業を模索した結果、その選択肢の一つにワインがあった。ワインは3~5年、畑作りから考えると20年スパンで事業をみていくものですから。こうして最終的にワイナリーにすることが決まりました。

デザインマネジメントとは

僕は設計段階からデザインとして「どう価値を生ませるか」を考え、松坂さんの思い、これまでの半導体ビジネスの経験、地域とのつながりなどを、丁寧にデザインとして仕上げていきました。こういったビジョン設定から商品づくり、売り方、見せ方など、一つの事業を総合的にマネジメントするのが「デザインマネジメント」呼ばれる経営手法です。

白ワイン用に栽培されている日本の品種「甲州ぶどう」 photo by Junya Igarashi

チャレンジに人が集まる

単にワインを売りたいというだけではなく、われわれのストーリーを理解してもらうためのビジョンを体系化しました。その一つが工場のリノベーションです。

実は色を塗り替えただけで、中は半導体工場だった施設をそのまま利用しています。なぜなら半導体製造に必要なクリーンルームは清浄度が極めて高く、浮遊微生物や温度、湿度などの環境条件がハイレベルに管理されていたからです。ワイン醸造は酵母菌を育むこと、つまり微生物の活動を利用するのが仕事なので、雑菌がいないクリーンな環境でワインを造ると思い通りの設計で実においしいワインが造れるんです。

ワイナリーの入り口横にある窒素タンクは、半導体工場の時には空気中の湿度管理や製品の酸化を防ぐためのガスとして使用していました。現在はワインを仕込む際(搾汁)、酸化を防ぐために使うんですが、タンクがあるから使いたい放題。ブドウを搾る段階から窒素を使うことができ、フレッシュな果汁でワインが造れるんです。

ワイン業界や愛好家からの注目を集める「MGVs(マグヴィス)」のワイン photo by Junya Igarashi

こういうチャレンジをしていると、面白い人や若い人が集まってきます。ブドウの栽培家はすごく若いメンバーでチャレンジングです。醸造家もすごい。大手ワイナリーの工場長や研究所所長などを歴任し〝金賞請負人〟といわれた袖山政一さんが、「自分だけの味をつくれるなら」と社員として参画し、そこに僕たちデザイナーが関わり続けている。これが他のワイナリーには真似のできないことです。

過去を捨て去るのではなく、次なる展開に生かす

もう一つ面白い話があります。同社はもともと半導体の製造をやっていますから、従業員の多くはエンジニアです。なので、貯蔵タンクの制御板も自作です。ワイナリーのお披露目前には、ワインを味見するテイスティングサーバーも自作しました。僕たちデザイナーは、どうやったら最高の状態でお客さまに商品を提供できるだろうかと考えデザインします。そして、それを実際につくれる技術者が側にいるんです。

ワインを醸造するタンクと自作の制御板 photo by Junya Igarashi

「MGVs」のお披露目会の時に、いろんな関係者がオリジナルのテイスティングサーバーを見て「超格好いい」「売ってほしい」となりました。本業はワイン醸造ですが、ワインを起点に他にもビジネスチャンスはあるかもしれない。

ここが重要なポイントです。今までの事業を捨て去るんじゃないんです。次なる展開にどうもちこめるか、ノウハウの転換です。

イノベーションを起こす鍵は?

イノベーションを起こすには、「突飛なタイミング」「何が起きるか分からない」状況をつくることが、とても大切です。そして、物事を裏側から観られる人がいなければダメなんです。同じ方向を観ている人たちで集まっても、何も生まれません。だからデザイン思考がある人をプロジェクトの最初の段階から入れておくとイノベーションが起きやすくなるんです。イノベーションが起きるとアントレプレナー(起業家)が生まれるんです。

企業や組織の中でイノベーションを起こすには、きっかけを自らつくることだと思います。日々を漫然と過ごさないことですね。僕は東芝に13年勤めていましたが、ものすごく恵まれた環境ですばらしい会社でした。でも、日常に流されていると単なる歯車、オペレーターになってしまいます。

ある食品会社の話ですが、「放浪社員制度」っていうのがあるそうなんです。いきなり「あしたから放浪社員ね」と言われ、その人は会社に来なくていいんです。期限も分からない。突き放された感じですよね。中には最初、堕落する人もいるそうですが、2カ月ぐらいすると「何もやってないのに何で給料が支払われるんだ」と恐怖感が生まれてくるらしい。そして今まで行ったことがない場所でリサーチしたり、調べたことがない調査を始めたりするそうです。そして会社に戻ってみると、会社の枠組みでは得られなかったマーケティング情報が見えてきて、その人の価値が評価されるという仕組みです。

デザイナーなんて特にそうですが、オフィスの机の前に8時間座っていても、いいアイデアが生まれるとは限りません。「創造性の4B」という考えがあって、いいアイデアが生まれるのは「バー」「バスルーム」「バス」「ベッド」の中と言われています。つまりオフィスじゃない。日常と全く違うことを体験することで新たな気づきを得ることは間違いないし、アイデアはオフィスの外で生まれることも多い。会社に縛られないで、外を見なさい、ということです。あと異業種の人と絡んでみることが大切なのかなと思います。

沖縄県内で開かれたトークイベント「今、沖縄に求められるデザインマネジメントとは」(CODE BASE主催)でデザインマネジメントの可能性について語る田子學さん=2018年1月

イノベーションの確率

「田子さんのイノベーションの確率ってどれぐらいですか?」とよく聞かれます。それは最初から計れませんが、ベクトルはあります。その一つは「誰も見たことも聞いたこともない」ことです。「リスクがあるのか、ないのか」と問われたときに、過去に例がないことなら、ブルーオーシャン(競争相手がいない未開拓の市場)をつくれる可能性があります。

ですが、そういうアイデアがうまれると必ず物議を醸します。賛否のうち否定的な意見の割合が、半々か半数以上あれば、見込みはあり。僕の場合は反対が9割を超えている場合も多々あります。トップが最後に「オレが責任を持つからやろう」と言えるかどうかです。そういう体制を戦略的につくりあげるものもデザインの一つでもあります。

デザインは計画を練ることではありますが、自ら動かないと、何も始まりません、そのために重要なのは好奇心や探求心を常に持っておくこと。新しいものを常に見て、柔軟な発想を持っておくことが大事。そして何といっても忘れちゃいけないのは行動力です。自分がこれからを引っ張っていくという意識を持つことです。その先にイノベーションが起きるんです。


※本記事は、2018年1月に沖縄県宜野湾市で開かれたトークイベント「今、沖縄に求められるデザインマネジメントとは」(CODE BASE主催)の講演内容や追加取材を基にまとめました。
 

田子 學 アートディレクター/デザイナー

株式会社東芝デザインセンターにて家電、情報機器デザイン開発にたずさわった後、株式会社リアル・フリート(現アマダナ)のデザインマネジメント責任者として従事。その後2008年株式会社エムテドを立ち上げる。現在は幅広い産業分野においてコンセプトメイキングからプロダクトアウトまでをトータルでデザイン、ディレクション、マネジメントし、社会に向けた新しい価値創造を実践している。

MGVsワイナリークリエイティブディレクター、三井化学クリエイティブパートナーなどを務める。慶応義塾大学大学院、東京造形大学、東京藝術大学、熊本大学などで教鞭もとる。