「何かを変えたい」 新しい価値を創るデザインマネジメントのチカラ デザイナー田子學さんが語る(下)


社会
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新しい価値を生み出し続けるデザイナー田子學さん(47)=横浜市。老舗の陶器に斬新なフォルムを取り入れ、名だたるデザイン賞を総なめにしたかと思えば、斜陽産業をよみがえらせる街づくりのプロジェクトに参画。2017年には半導体加工メーカーが手掛けるワイナリー「MGVs(マグヴィス)」のトータルデザインを担当し注目を集めている。あらゆる業種で従来のビジネスモデルが破綻し、新たな手だてを見いだすイノベーション(革新)が叫ばれる中、田子さんは「デザインは何かを変えるきっかけなる」と語り、デザイン思考を生かした経営手法「デザインマネジメント」の可能性を強調する。今なぜ〝デザイン〟なのか―。

◇佐藤ひろこ(琉球新報Style編集部)

沖縄県内で開かれたトークイベント「今、沖縄に求められるデザインマネジメントとは」(CODE BASE主催)でデザインマネジメントの可能性について語る田子學さん=2018年1月

デザインとはビジョンを描くこと

「デザイナーって何やっているの?」ってよく聞かれます。たいていの人は「絵がうまい」「カタチをつくるのが得意」「色使いのセンスがいい」…。そんなイメージでしょう。もちろんセンスがいいことも大切なことですが、それだけじゃない。僕は「人間の行為をより良い形で叶えるための計画」がデザインだと考えています。単なる造形の話じゃない。要は「ビジョンをつくること」です。

最近、新聞やテレビなどのメディアで「デザイン」という言葉が飛び交っています。これは社会の行き詰まりの現象の表れです。ビジネスでも政治でも、行き詰まっている人が「何か新しい発見をしたい」「違う見方をしたい」という時にデザイナーに声が掛かる。デザインが何かを変える一つのきっかけになるからです。

デザインという言葉を辞書で調べると、最近の辞書なら「設計」と書かれています。僕が大切だと思うのは、その先の話です。社会を形成する一人一人が「自分は何をすべきか」「次の世代に何をどう受け継いでいくか」と考え、計画することも立派なデザインだと思うからです。

大きなエンジンより、クイックに動けるエンジンを

日本の産業界は大きな局面を迎えています。世界を相手にしている大企業が今、後手後手に回っている感があります。世の中が劇的に動く時代だからこそ、今は大きなエンジンを作るより、小さなエンジンでよりクイックに動ける体制をつくっておくことが重要です。過去の話に例えると、戦艦大和やタイタニックみたいなもの。「やばいんじゃないか」「衝突するんじゃないか」と思って舵を切っても、大きな図体だからなかなか曲がれない。企業も同じです。

だからこそ大きな企業はコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)などの形で小さなプロジェクトをつくり、組織を活性化する取り組みを進めています。大企業がベンチャー企業に対して出資や協業などを行う「アクセラレータープログラム」や起業家精神を培う「アントレプレナーシップ」を育てる取り組みも各地で盛んになっています。

とはいえ大きな企業にはノウハウも資産もある。企業や人が今後どのように転換するのか、そして何かをやろうと思っている人が世界でどう評価されるのかを見定めようと、国がプロジェクトを始めています。僕も関わっている経済産業省の「始動」という取り組みです。

これらイノベーション(革新)を巡る動きの中で、やはり「デザイン」がキーになっています。
 

なぜ経営にデザインが必要なのか

従来の経営の考え方は、上の図にあるように大上段に①「経営・会社」―があり、その下に②「企画開発、商品開発、販売戦略」―などの部署があり、それらの思いをくんで商品をより良く見せるために③「デザイン」―がありました。この仕組みは、成長を続ける社会ではうまく機能します。役割が明確だからです。

ところが、時代が激変していくときには「販売が成り立たない」「商品構成が変わった」といった事態が多発します。すると関係部署のコンセンサスが取りにくくなる。デザインにまとめる側としては、意見がまとまらないために締め切りに追われ、いいものが生み出せなくなる。じゃぁ、どうすればいいのか。全体をデザインでくくってしまうんです。

「デザインマネジメント」という言葉が使われ始めたのは、勝戦国となり富の時代を迎えた1950年代のアメリカです。ヨーロッパに比べて歴史がない中、「キレイだ」「機能的だ」というだけでは通用しなかった。そこで「見えない価値」をどのように高めるか、ということを会社経営のトップが進めていった。それがデザインマネジメントです。

だから経営者と話すときにはこう説明します。「経営の中でやられていることこそデザインです。表現手段が違うだけで本質は一緒なんです」と。

イノベーションを起こすチカラ

デザインはイノベーションを起こす、大切な分岐点をつくる可能性があります。例えば、人は何に魅力を感じ、物を買うか―。物があふれる今の時代、人は潜在的に、物そのものに「魅力あるストーリー」を探している場合が多い。ストーリーは人に伝える手段ですから、基本的には分かりやすく丁寧に書きます。この作業は、絵を描くとか形をつくることとは違う。でも、これも立派なデザインなんです。

今の時代、情報は掘り下げるほどに、色んなところから得られます。それらの情報をロジックとして組み立て、その「物」の存在にまで合致できるストーリーが必要です。

デザインとアートの違いとは

ストーリーを作る上でどのような視点が必要か。一つは地域や業界全体が潤う「エコシステム」の視点です。ただ単に良い物を作ればいいという話ではない。つまり物を1個作ったときに、誰がもうかるかという視点です。本当にいいシステムは、自分がもうかるだけじゃダメなんです。自分がもうかると同時に、他に再配分して地域や業界全体がもうかる仕組みをつくらなきゃいけない。

日本ではデザインとアートが混同されがちです。アートは本来、一人の情熱が物に宿ったものです。一方、デザインは社会的に計画・設計するものなので、一人だけではどうにもできない。いろんな人と共有しながら共に創りあげていくものだからです。デザインとアートの大きな違いがここにあります。

地域でもカリスマ的に商売をしている人がいます。本当にいいビジネスをしている人は地域貢献や、地域活性のためのビジネスをちゃんとやっている。それによって回る仕組みができていく。一番いいのは、さらに人がそこに来たがる仕組みつくることです。そんなことをトータルで見ながら、地域、人、ビジネスをつくりあげていく手法がデザインマネジメントです。

行き詰まりの要因は「教育」にも

日本の産業が行き詰まっている要因がもう一つあります。教育の問題です。これまでの日本の教育は狭義すぎた。例えば、「文系」「理系」が極端に分かれていることです。それは就職した後も響き、会社の中でのセクショナリズムにもつながる。例えばこんな指数があります。

起業を考えていない人の割合

色んな知識や技術を身につけておけば、社会の変化に対応できるはずです。ところが教育に狭義な縛りがあるため、なかなか他に飛び立てない、ということになっちゃうんです。これが今、日本の企業が後手後手になっている要因とされます。だからこそ教育分野でも、世界と闘える人間を育てましょう、という方向に改革が進んでいるんです。

文部科学省は近年、「コンピテンシー」ということを大きな声で言い始めています。知識を活用して解決に導く力は「リテラシー」。これは例えばこれまでの受験に求められた姿です。一方、これから求められるのは「経験から得られた知見で良い関係を築く力」、つまり「コンピテンシー」です。答えのないものに、自分なりの答えをどう導き出していくかということなんです。

デザイナーという職種は、あらゆる関係性の中から一つの回答を導き出すのが仕事なので、あらゆる手段と知識を身につけなければいけない。つまりコンピテンシー力が高い人が多い。そういった人をプロジェクトの始めの段階から入れておけば、狭義な回答だけに終わらず、新しい回答が出てくる可能性がある。デザインがイノベーションを起こす可能性があるというのは、そういうことです。


※本記事は、2018年1月に沖縄県宜野湾市で開かれたトークイベント「今、沖縄に求められるデザインマネジメントとは」(CODE BASE主催)の講演内容や追加取材を基にまとめました。

田子 學 アートディレクター/デザイナー

株式会社東芝デザインセンターにて家電、情報機器デザイン開発にたずさわった後、株式会社リアル・フリート(現アマダナ)のデザインマネジメント責任者として従事。その後2008年株式会社エムテドを立ち上げる。現在は幅広い産業分野においてコンセプトメイキングからプロダクトアウトまでをトータルでデザイン、ディレクション、マネジメントし、社会に向けた新しい価値創造を実践している。

MGVsワイナリークリエイティブディレクター、三井化学クリエイティブパートナーなどを務める。慶応義塾大学大学院、東京造形大学、東京藝術大学、熊本大学などで教鞭もとる。