自然を、生き物を、世界を観察する眼差し— 本村ひろみの時代のアイコン(12)現代アーティスト陳 佑而(チン ユウジ)(沖縄こどもの国こども未来課 職員)


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まっすぐに正面を見つめた人物の頭から横に大きな翼が生えている。まるで静まった闇の中を覗き見るような感覚に胸がざわつく。
エゾシカに寄り添い角を共有している少年。
狼と頭部が一体化した少年。

彼らはお互いを理解し合い、思考を共有しているかのようだ。彼女の作品集のページをめくると幻想の世界に足を踏み入れたような気持ちになった。次のページには幸福そうな表情をして側頭部から鳥の翼が生えた人物。そして迫力のあるみごとなアーチを描く2本の角が生えた頭部の写真では、おもわずページをめくる手が止まった。乱獲で生息数が激減している草食獣のシロオリックスの眼差しはまるで未来を見つめているかのよう。
一体化した人間と生き物は空間に圧倒的な存在感を放っていた。
「静謐」

漆に惹かれ沖縄へ

彫刻家で現代アーティストの陳佑而 (チン ユウジ)さんは、国立台北芸術大学で彫塑の修士を修了し、姉妹校である沖縄県立芸術大学の博士課程へ進学した。そのきっかけとなったのは制作に「漆」を使うためだった。それまで制作に使用していたFRP(繊維強化プラスチック)は人工の素材。自然を愛し、生き物の世界を大切に考えた作品作りをしていた彼女にとって、環境にいい天然の素材にいきついたのは自然の流れだったといえる。

沖縄県立芸術大学で、彫刻家の波多野泉教授の指導のもと乾漆で制作を始めた。
「漆」は乾くのに時間がかかる。集中力が短いという陳さんは、構想1日制作2ヶ月だった台湾時代に比べると、ゆっくりと時間をかけて制作する「漆」の時間は彼女の性格まで変えたそう。

「FRPのような人工素材は自分のペースで制作していたが、漆のような自然素材では、その特性に自分をあわせるようになった」と陳さんは語る。
漆で制作を始めて7年たった今でも、漆を触るとアレルギーをおこして全身がかぶれるそうだ。それでもなお漆という自然素材の持つ豊かな質感に魅了され続けている。

原寸大に込めたアイデンティティ

台湾の学部時代から動物園で剥製を作る技術を学び、解剖をすることで生き物の筋肉の形を学んだ。その仕事は今でも続けている。

彼女にとっての生き物とは、例えば名称で「ライオン」とひとまとめにするのではなく、「このライオン」と表現するようにアイデンティティを大切にする。なので、作品の大きさはすべてその動物の原寸大。生きてきた、そのものの身体が蘇る。触らせてもらった漆で作った動物の脚は、軽くひんやりとした毛並みの質感があり、その生き物の身体を立ち上がらせた。

作品の展示方法は、中世ヨーロッパの博物陳列室のような「驚異の部屋」を彷彿させる。独自の宇宙感を作り上げ様々な動物たちが集められた部屋をイメージしての展示。そんな彼女の世界を堪能できる展覧会が2020年、故郷の台湾で開催予定だ。
県内での開催は今のところ未定。現在は沖縄こどもの国の職員として「こども未来課」で教育普及を担当している。生き物と沖縄の自然をテーマに開催する作品展示や手工芸のマーケット“Art with Zoo”。は体験ワークショップもあり、毎年盛況だそうだ。今は2020年3月に開催される第5回のこのイベントにむけて企画に励んでいる。

今年2月に開催された「第17回 琉球競馬ンマハラシー2019」(沖縄こどもの国主催)では与那国馬でみごと準優勝を果たした。馬上の彼女の写真からは、野生の生き物のような美しい生命力が光放たれている。

【陳佑而 (Chen Yu Erh) プロフィール】

Chen Yu Erh

陳佑而 (チン ユウジ

1986 台北生まれ
2009 国立台北芸術大学美術学系彫塑組卒業
2013 国立台北芸術大学美術創作研究所彫塑組修了
2019沖縄県立芸術大学大学院芸術文化学研究科後期博士課程(芸術表現研究領域)修了

沖縄こどもの国HP https://www.okzm.jp/

【筆者プロフィール】

本村ひろみ

那覇市出身。清泉女子大学卒業、沖縄県立芸術大学造形芸術科修了。
ラジオやテレビのレポーターを経てラジオパーソナリティとして活躍。
現在、ラジオ沖縄で「ゴーゴーダウンタウン国際通り発」(月〜金曜日 18:25~18:30)、「 WE LOVE YUMING Ⅱ 」(日曜日 19時~20時)を放送中。