“沖縄の相続問題”のエキスパート・尾辻克敏弁護士の事務所に、建設会社の社長をしている与儀さんが相談に訪れました。与儀さんは会社を専務の長男に引継ぎたいようです。
与儀さん
「建設会社の社長をしています。そろそろ専務の一郎に会社を譲ろうと考えています。子は家系図のとおり、一郎の他に次郎、三郎がおり、妻は既に他界しています。私には①自宅 ②会社に貸している事務所 ③会社の株式 ④預金 ⑤会社への貸付金3,000万円 -があります。どうやって、一郎に会社を引き継いだらいいものでしょうか」
≪「事業承継」って、何?≫
中小企業の多い沖縄では、会社経営者が、子どもなどの後継者に会社を引き継ぎたいという相談がよくあります。
会社経営者にとって、事業承継は非常に重要な問題です。仮に経営者が生前、後継者を誰にするか決めていても、法律上の手当を何もせずに亡くなると、相続人の間で経営者の遺産をめぐる紛争が生じ、お家騒動になることもあります。そうなると会社の経営にも悪影響が生じ、従業員の方々に迷惑をかけかねません。
事業承継とは、経営者が会社などの経営を後継者に引き継ぎ、会社の事業を継続させることをいいます。
≪対策せず経営危機になる場合も・・・≫
もし与儀さんが遺言書を作成せずに死亡すると、与儀さんの遺産は会社に対する貸付金を除き、遺産分割協議が成立するまで、兄弟3人がそれぞれ法定相続分に従って1/3ずつ共有します。
まず会社の株式が共有状態の場合は、持分の過半数により権利を行使する者を決めます。次郎、三郎さんが、一郎さんが社長になることに賛成すればよいのですが、次郎さんが「自分が権利行使者になるべきだ」と言い出すと、一郎さんは権利を行使できず、会社経営が困難になります。
事務所も、兄弟3人が1/3ずつの共有となります。修繕は一郎さんが単独で行えますが、増築や改築は次郎、三郎さんが反対するとできません。会社への賃貸借契約の解除も、共有者の持分の過半数で決まるので、解除事由があると、次郎、三郎さんにより解除されて、会社は事務所を使用できなくなるかもしれません。
また、会社への貸付金は、法定相続分に従って当然に分割されるので、兄弟3人は、それぞれ1000万円の貸付金を承継します。会社経営者が会社にお金を貸す場合、会社の資金繰りを考えて、返済期限を決めずに貸すことが多いですが、次郎、三郎さんが、突然、返済するよう要求してくると、会社は予期していない時期に返済を迫られて、資金繰りに影響が生じるかもしれません。
≪事業承継のための効果的な対策は?≫
◆対策1つ目!
まず、与儀さんが一郎さんに、株式や会社の事業に必要な事務所を、適切な価格で売却することが考えられます。売却時点で会社の経営を譲ることができ、株式と事務所は遺留分の対象になりません。しかし、多額の購入資金を準備する必要があるので、資金を準備できない場合は、この方法を取ることはできません。
◆対策2つ目!
次に、一郎さんに株式や事務所を贈与することが考えられます。贈与時点で会社の経営を譲ることができ、一郎さんも購入資金を準備する必要はありません。しかし、贈与税は相続税に比べて高額です。
また、一郎さんへの贈与は、法定相続人への特別受益に該当する贈与にあたり、何年前の贈与であっても遺留分の対象となります。贈与する場合、会社の事業に必要のない預金や自宅等を次郎、三郎さんに贈与するなどして、後継者以外の相続人の遺留分を侵害しないよう配慮することが重要です。
◆対策3つ目!
売買、贈与のように、与儀さんの生前に一郎さんに経営を譲る方法もありますが、生前に準備を行い、死亡時に後継者に経営を譲る方法として、遺言書の作成があります。
遺言書を作成する場合は、公正証書遺言の作成をお勧めします。
◆不要な争いを避けるために…知っておきたい遺言書の書き方② 【沖縄の相続】暮らしに役立つ弁護士トーク(13)
https://ryukyushimpo.jp/style/article/entry-685782.html
もちろん贈与と同様、遺言書を作成する場合も、次郎、三郎さんの遺留分を侵害しないよう配慮することが大切です。次郎、三郎さんの遺留分の侵害を防ぐことが難しい場合、遺言書で、株式及び事務所以外の財産から減殺するよう、減殺の順序を指定することが有効です。
≪遺留分対策ってできないの?≫
一郎さんへの株式や事務所の贈与は、遺留分の対象となります。そこで、民法の遺留分制度の特例として、中小企業経営円滑化法があります。同法では、一定の要件のもと、後継者とその他の推定相続人が合意した上で、遺留分算定基礎財産に算入すべき贈与される財産の価額を、遺留分算定基礎財産に算入しないとすることができるようになりました。
兄弟3人が、株式及び事務所を遺留分算定基礎財産に算入しないという合意ができれば、一郎さんへ贈与された株式や事務所は遺留分算定基礎財産に算入せずに済むことになります。
― 執筆者プロフィール ―
弁護士 尾辻克敏(おつじ・かつとし)
中央大学法学部、中央大学大学院法務研究科卒業。司法試験合格後、県内にて1年間の司法修習を経て、弁護士業務を開始。常に相談者の話を丁寧にお聞きし、きめ細やかな法的サービスを的確かつ迅速に提供し、全ての案件に誠心誠意取り組んでいる。
相続問題・交通事故、企業法務等を中心に取り扱う。相続問題では、沖縄の風習や慣習、親族関係にも考慮した適切な解決を心がける。