日本の最西端に位置する沖縄県与那国島。島の人々は香草パクチーをモリモリ食べるらしい―。そんなウワサを聞きつけたパクチー好きの私・下地美夏子。「カメムシのにおいがする」「主張が強すぎて料理の味が台なし」な~んて言われ、好みの分かれるパクチーだが…。「苦手!」という人は、真の美味しさを分かっていないだけ! ってことで国境の島・与那国へ、パクチストを増やす旅に出掛けた。
◇下地美夏子(琉球新報記者)
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えっ「パクチー」がない!?
新石垣空港からプロペラ機に乗り、人生初めての与那国島に降り立った。与那国町産業振興課の田島政之(たじま・まさゆき)さん(46)と与那国空港で待ち合わせ、すぐさま空港内のレストラン「旅果報」(たびがふう)へと向かった。那覇から飛行機を乗り継ぎ1時間半。募る思いと空きっ腹。いよいよ与那国島生まれのパクチーちゃんと運命の出会い…。
のはずが………「パクチー」がない!!!
そう! 与那国では「パクチー」ではなく、「クシティ」と呼ばれているそうだ。。ほっと胸をなでおろし、「クシティサラダ」を注文すると、店主の米浜玉江(よねはま・たまえ)さん(69)が大盛りのサラダを持ってきた。
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ドキドキのクシティ初体験 カメムシ味がしない!?
自家栽培で摘みたてのクシティは青々としてみずみずしい。クシティのために昼食を我慢していた私は、口いっぱいに頬張った。自他共に認めるパクチー好きだが、クシティはこれまで食べてきたパクチーとは少し違う。
確かにパクチー独特の匂いはするが、かめばかむほど苦みが出て、後味はすっきりとしている。「カメムシソウ」と呼ばれるような、虫っぽさがあまりない。
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クシティをほおばりながら、島の人々のクシティ愛について田島さんに聞いた。
「旬は12月~3月で、だいたい3、4回は収穫できる。その時期には3食食べるよ。ボウルに山盛りにして、味付けはツナとしょうゆだけ。給食にも居酒屋にも出るし、消費量がハンパじゃないわけ」
いつ頃から島にあるのか詳しい記録はないが、戦前から食べられているという。かつて交易のあった台湾から持ち込まれたという説が有力だ。
どんな畑で育つの? 花は?
サラダを完食し、空港からほど近い丘にある米浜さんの畑へと車を走らせた。防風林に挟まれてクシティが背すじを伸ばして揺れている。
「ほとんどがもう上がっちゃってる(花が咲いている状態のこと)から、もうすぐ種ができる頃だよ。食べられるのは少ないね」と米浜さん。
クシティどころかパクチーの花を見たことがなかった私は、興味津々で畑をのぞき込んだ。白くて小さく、きゃしゃな花が気持ちよさそうに風に揺れていた。
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続けて、田島さんの父・寛二さん(66)の畑や、田島さん自身の畑を回った。
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クシティに40年をささげた男
最後にたどり着いたのは大宜見稔(おおぎみ・みのる)さん(62)の畑だ。クシティにほれ込み、40年間栽培し続けている大宜見さんは、他の人と熱量が違った。 食べ頃のクシティは背が低く、葉も茎も柔らかい。ひとつまみ食べてみると、先ほど「旅果報」で食べたクシティよりも苦さが際立つ。 大宜見さんはクシティを優しくなでながら「島もの(島原産の作物)は島のにおいがする。石垣や他のところで育てても味が変わってしまう」と目を細めた。
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大宜見さんのご厚意により、大切なクシティを頂けることに。田島さんがサクサクと手慣れた様子で収穫し、袋いっぱいに詰めてくれた。
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そのまま大宜見さんの自宅へ向かい、クシティの種を見せてもらった。種は毎年大切に保管し、翌年に備える。空気の循環を良くするために作ったお手製のバケツの中には、湿気対策のために炭も入れる。
種のにおいを嗅いでみると、レモングラスのような爽やかな香りが広がった。
「種も持って行きなさい。そのままじゃなくて、割ってからまくんだよ。後は勝手に生えてくるから」
与那国のクシティの香りをわが家でも楽しめるか、期待に胸が膨らむ。
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子どもも食べるソウルフードなのか?
給食にもクシティがでるという話が気になっていた記者は、「子どもたちも喜んで食べるんですか? 子どもはあの匂いや苦みを嫌いそうだけど…」と半信半疑で聞いてみた。
「うちの子どもたちも毎日ボウルに一杯、三食食べているよ」と答える田島さん。真相を確かめるべく田島さんの自宅へお邪魔した。
急な来客に人見知り全開の田島朝尚(ちょうしょう)君(7)と大志(たいし)君(5)。田島さんは台所に立ち、大宜見さんの畑のクシティをサッと水洗いし始めた。ボウル山盛りに入れるとツナを1缶分どさっと乗せて、食卓へ運ぶ。しょうゆを一かけし、慣れた手つきでかき混ぜ始めた。
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2人分のお皿に盛りつけると、朝尚君と大志君はテレビを横目にパクパクと食べ始めた。「おいしい?」との質問に、2人は硬い表情でうなずくだけ。急に来た記者に愛想なんて振り向かない島の少年たち…。「何とか笑顔の写真が欲しい…」。子ども受けしそうな営業トークをたたみかけるも、2人は笑顔を見せる前に早々と食べ終えてしまった。私は悔やみながら田島さん宅を後にした。
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クシティが他のパクチーと味が違う理由
与那国町では、1年の短い期間に島でしか食べられないクシティの魅力を広めようと模索中だ。パクチーブームに伴い、クシティを求めて島に足を運ぶ人も増えているという。
パクチー専門店・パクチーハウス東京の牛田うっしぃ店長(47)は「最初食べたときに塩気を感じた。他のパクチーとも風味が違う。パクチー好きこそ与那国島に行って食べてほしい」と太鼓判を押す。田島さんは「波が岸壁にぶつかり、しぶきが立つことを『黒潮のシャワー』という。潮風が影響しているのかもしれない」と推測する。
与那国町は2017年9月、12月の第2日曜を「クシティの日」に制定した。田島さんは「島ものは島に来ないと本来の良さを味わえない。長命草もクシティも適地適作にこだわっていけば十分に勝負できる」と語った。
― 編集後記 ―
大宜見さんから頂いたクシティを早速会社で実食した。与那国流のボウルいっぱいサラダを作ってみると、パクチー好きがぞろぞろと集まってきた。元八重山支局長の稲福政俊記者が「懐かしい!」と頬張る。「パクチーっていうよりも三つ葉みたいな味がする」。パクチー好きの文化部教育班の黒田華記者や新垣若菜記者もクシティの味に満足した様子だった。ボウルいっぱいだったサラダは30分もしないうちになくなった。実は与那国にルーツを持つという営業局の崎原有希さんも駆けつけたが、時既に遅し。残念そうに仕事に戻っていった。
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~この記事を書いた人~
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下地美夏子(しもじ・みかこ) 1989年生まれ。沖縄県浦添市出身。編集局NIE推進室記者。食べることに、時間とお金は惜しまない。記者と料理の勉強中です。