米ニューヨークのタイムズスクエアといえば、世界屈指の観光スポット。24時間きらびやかな広告看板に囲まれ、毎日35万人以上の人が訪れる「世界の交差点」です。その街のど真ん中で7月中旬、あるサッカー大会が開かれました。ユニクロや米スポーツ専門局ESPNなどのスポンサーが名を連ねたコートで、全32チームが朝9時から夜10時まで熱戦を展開。でも、この大会はただのストリートサッカー大会ではありません。
ボールを蹴るのは、ホームレスや貧困地域に住む子どもたち、そして一般のチーム。大人約250人、子どもたち約100人が汗を流しました。サッカーを通じて貧困と闘い、地域に力を与えようと活動する非営利組織「ストリートサッカーUSA(SSUSA)」が主催する「タイムズスクエアカップ」です。
ボールを蹴るときはみんな「対等」
SSUSAはスポーツを通じて子どもやホームレスを取り巻く健康、教育、労働環境を変え、貧困問題に対する社会の意識を高めることを理念に、現在、全米16都市で活動を展開しています。移民や貧困地域の子どもたち、ホームレスの人たちがサッカーチームの一員になることによって社会からの孤立を防ぐ。そこから、教育や医療、住居など、彼らが必要とする福祉サービスにつなぐことができる-。格差の街で、サッカーを通じたコミュニティーづくり、ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)の構築に取り組んでいるのです。
午前のユースの部は、女の子がボールを追い掛ける姿が目立ちました。ブルックリンの女子チームに参加するレラーニ・マルティネスさん(13)は「サッカーを始めたのは最近。とっても楽しくて、刺激的。夢はサッカー選手になることなので、できることを何でも頑張りたい」とにっこり。メキシコ出身のお父さんは「子どもたちがストリートにいるのはよくない。こうやってチームに参加して練習できるのはとてもいいこと。メキシコとの国境に壁を造るというトランプ大統領の政策はばかげているけど、ここはニューヨーク。多様性の街だよ」と話してくれました。
1年前からチームのコーチを務めるクリスチャン・ペレスさん(20)は「子どもたちはメキシコやエクアドル、エルサルバドルなど、さまざまなバックグラウンドから来ている。僕もブルックリン出身。自分自身もプレーするし、コーチングとつなげることができる。小さい頃から、こんなふうに、誰かを支えたり、メンターになったりしたいと思っていたんだ」と笑顔を輝かせていました。
SSUSAでは、できるだけその地域の出身者をコーチやスタッフとして迎え入れ、それぞれのコミュニティーが支え合える仕組みをつくりだそうとしています。
「誰かのゴール」をサポートするのが僕らのゴール
タイムズスクエアカップは今年が5回目の開催。サンフランシスコやロサンゼルス、サクラメント、フィラデルフィアでも同様の大会を開催するようになりました。SSUSAのローレンス・カン代表は「年に1度、私たちの活動やスポンサー企業の社会貢献を公共の場で可視化し、マーケティングとブランディングにつなげる大会。子どもたちにとっては特別な1日になる」と、大会の意義を語ります。
ユニフォームを着てボールを追い掛ける姿は性別や年齢、人種や出身国も、ホームレスかどうかなんてことも関係ない。世界各地からの観光客が注目し、応援します。大会を支えるのはたくさんのボランティア。前日深夜からのコート設営に始まり、片付け、審判やDJ、セキュリティー、カメラマンなど、多くの人々が大会を支えます。
スタッフの1人、チャールズ・クリッチュロさん(29)はこう教えてくれました。
「サッカーというスポーツ自体は、得点すること、試合に勝つことがゴール(目標)かもしれない。でも、SSUSAはもっと大きなゴールを目指している。例えば、ホームレスの人々にとっては回復だったり、仕事や住む場所を見つけることだったり。子どもたちにとっては大学進学だったり、数学のテストに合格することだったり。それぞれのゴールを達成するのを手助けすることが、僕らのゴールなんだ」。
きっかけは1つの「疑問」
ローレンスさんは、弟のロブさんと共に活動に取り組んでいます。2人が小学生の頃、家が火事に遭いました。そのとき、コミュニティーからのサポートの大切さを実感したといいます。大学のトップリーグでサッカーに励んだ後、当時住んでいたノースカロライナ州シャーロットでストリートサッカーの活動を始めました。
きっかけは、ある光景で浮かんだ「疑問」でした。ホームレスへの食料配給ボランティアの様子を見て、「食料を与える/受け取る」「支援してあげる/してもらう」関係に「なんのつながりもない」と感じたそう。それよりも、1つのボールを追い掛け、ゴールを目指す「チーム」を-。そんな思いで、サッカーを楽しみながら社会変革につなげる挑戦を始めました。ローレンスさんはコロンビア大学のMBAも取得し、組織のCEOとしての視点も幅広いのです。
沖縄とNYがつながった
実は、タイムズスクエアカップに誘ってくれたのは、ローレンスさんと同じように、沖縄でスポーツを通じた社会課題の解決を目指す一般社団法人ダイモンの糸数温子さんでした。「あっちゃん」こと、糸数さんは琉球大在学中、教育社会学の研究を通して、所得など、家庭環境の違いで子どもの進路に差が出る現実を目の当たりにしました。
貧困をどこか「ひとごと」とする風潮がないか。私たちは身近な人が助けを求める声を見過ごしていないか-。沖縄県の子どもの貧困率は29.9%と全国トップで、全国平均の2倍以上に上ります。
経済的、社会的に孤立した家庭や子どもたちの背景には、県民所得の低さや産業構造、戦後の米軍統治に伴う児童福祉の遅れなどが指摘されています。あっちゃんは「沖縄の社会問題に『明るく』切り込む」と、学問の世界にとどまらず、貧困・孤立に抗するコミュニティーづくりを始めました。
2012年から女性の貧困や社会的孤立を防ぐ場づくりを目指し、お母さんや輝く女性のためのフットサル大会「ダイモンカップ」(http://daimon-okinawa.com/daimon-cup/)をスタート。毎年大会を「進化」させ、17年12月には、社会課題の課題を目指すイベントや会議を盛り込んだ3日間の「さんかくエキスポ2017」を開催。第6回ダイモンカップをその中核に位置付け、那覇市の国際通りで沖縄初のストリートサッカー大会として成功させました。 「さんかく」は社会参画の「参画」。もっと気軽に社会参画できる場をつくり、楽しい時間を共に過ごすことから「誰もが誰かのセーフティーネットであり続けられる社会」を築いていけないか。現在、一橋大の博士課程に進み、日本学術振興会特別研究員としてニューヨークに調査に訪れた彼女に同行したのです。
ダイモンカップ&オリンピース@国際通り☆まげひらNEWSでGO!!
https://ryukyushimpo.jp/style/article/entry-630697.html
海を越えてソーシャルチェンジに挑む2人はそっくりだった
「こういう公共空間を使うのは、日本だといろいろ大変。そもそも使用できる場所も少ない上に、体育館や沖縄の公共施設は年間の週末のうち、一般の人や市民が使える時間はごくわずか。プロスポーツのキャンプや競技大会で使えない時期が多くなる。もちろんその恩恵も受けているとは思うが、私たちの税金で造られた施設を本当に市民が使えていると言えるのか。施設の維持費や運営費が捻出できなくなると、駐車場を有料にするし、市民にとってかえって使いにくくなっていないだろうか」
大会オーガナイザーとして、スポーツを通した社会変革を考える研究者として、あっちゃんは日米の違いを見つめていました。そして、多くのボランティアがどのようなきっかけで参加しているのか、突撃取材も決行していました!
企業、行政、学校としっかりパートナーシップ
SSUSAの最初の大会は、実はワシントンDCでの開催でした。SSUSAのチームだけの大会でしたが、一般の人たちから「自分たちも出場したい」と問い合わせが相次いだそう。大会参加料を払ってプレーしたい人がたくさんいるのなら、大会やリーグへの参加料を支援プログラムに生かす仕組みにつなげようと、翌年からタイムズスクエアカップに「進化」しました。
現在、活動資金は、①大会やリーグへの参加料とスポンサー収入②行政関係③助成金や個人の寄付など -がそれぞれ3分の1ずつの割合とのこと。「活動資金を集めるのが大変だけど、これが僕の仕事でもあるからね」というローレンスさんの言葉に、うなずくあっちゃん。
SSUSAは、ニューヨーク市議会や市役所、学校、大学など、さまざまなパートナーシップを広げています。チームへの参加で子どもたちの進学率や就職率が高まる効果が出ており、学校と連携し、サッカーの練習参加率と子どもの成績などを勘案したデータベースを構築、フィードバックに活用しています。ニューヨーク大学(NYU)のスポーツ心理学や、児童心理学の専門家とも連携を始めたといいます。
子どもたちへのアプローチは“あの色のカード”
あっちゃんが気になっていたのが、子どもたち、そして親との関係の構築。社会的に孤立している家庭へのアプローチ方法を知りたいようです。「子どもたちは何をきっかけに、チームに参加するのか」と質問をぶつけます。
ローレンスさんは「学校の放課後プログラムに行ったり、公園に行ったりして、フライヤーを手渡しているよ。あと、学校やPTAのミーティングに行って、影響力のある人から保護者に対し『こんなプログラムがある』と呼び掛けてもらう。チームに入るには保護者に申込書を書いてもらう必要があるけど、たまに子どもたちが書類をもらってすぐに建物の裏に隠れて自分でサインして持ってくる子もいるよ(笑)」と教えてくれました。
移民関係の手続きや医療、就職、住居などの問題を抱える親たちに対して、「子どもたちの練習の送迎の時に『何か問題を抱えていませんか? その問題について教えてくれませんか?』なんて聞くのは、親も忙しいし最悪のタイミング。まずは、信頼してもらうこと」と語ります。
「サッカーには、警告や退場のイエローカードやレッドカードがあるよね。子どもたちは『これをやったらダメ、あれはいけない』と怒られがちだが、私たちはポジティブなことをやりたいので、子どもたちのいい態度、スポーツマンシップに『ブルーカード』をあげている。子どもたちにブルーカードをあげるとき、その子がどんな行動をしたのか、どんな理由でブルーカードをあげるのか、コーチから親に説明がいく。親たちも子どもたちがブルーカードをもらうと喜んでくれる。それがポジティブなきっかけとなって関係もよくなっていく」
なるほどです。
なぜ他のスポーツではなく、サッカーなのか。ローレンスさんの答えは明確でした。「バスケットボールもツールになるかもしれないが、時には身長が高くないといけない、というようなハードルもある。サッカーは世界的なスポーツだし、ボール1つでできる。僕もサッカーが好き。情熱を傾けられることが大事。サッカーコミュニティーは世界で一番大きいし、いろんなこととつながるソーシャルツールだ」。
スポーツで立場を越えた「つながり」を
視察とインタビューを終えたあっちゃんは「日本では支援分野でのファンセオリー(『楽しさ』が人々の行動を変えるという考え方)がまだ根付いてなく、社会貢献に『遊び』のあるプログラムを取り入れることへの抵抗がある」と、日米の違いを確認しながらも「思いと課題は世界共通」と語りました。
「貧困問題も当事者の問題としてではなく、社会全体の問題として『課題を抱える人への支援』という枠を超えていかなければならない。その手掛かりとして、スポーツを活用した場づくりに期待している」。
隣に苦しんでいる人がいても気づかない、自分に引き寄せて考えられない世の中ではなく、多様な立場を越えて協働する「ゆるやかなつながり」。海を越えて共通の「ゴール」を目指す2人はそっくりでした。その力強い姿と希望を伝えることが、社会とつながる私の役割なのかも。そう再確認する時間でした。
座波幸代(ざは・ゆきよ) 政経部経済担当、社会部、教育に新聞を活用するNIE推進室、琉球新報Style編集部をへて、2017年4月からワシントン特派員。女性の視点から見る社会やダイバーシティーに興味があります。