「仕事が降ってくるわけではない。会社が大変な時に、自分がどうすればいいのか、何ができるのか、社員は自発的に考えて行動に移してほしい」
新型コロナウイルスの感染拡大により、企業が既存の事業や働き方を見直す中、多くの経営者からよく耳にする言葉です。
かつての組織では、経営者が意思決定を下す上意下達のマネジメントが浸透していました。しかし環境が目まぐるしく変化していく中、経営者がすべての意思決定をトップダウンで下していく組織は機能しなくなってきています。
こうした変化の中で柔軟な対応ができる組織になるためには、企業で働く一人ひとりが主体性を発揮し、自発的な行動を起こすことが非常に重要です。
しかし、「目的意識を持て」「もっと自発的に行動しろ」と言っても社員の行動は変化しません。主体的に動かそうとコントロールすればするほど、逆に受け身の人材に育ててしまっているのです。
では、どのようにすれば、社員が目的意識を持って行動を起こすことができるのでしょうか。
今回は、働く人が目的意識を持って行動を起こすためのコツをお伝えします。
◇執筆者プロフィル
波上こずみ(なみのうえ・こずみ)
Cosmic Consulting(コズミックコンサルティング)代表。組織コンサルタント。
子育て・介護と仕事との両立に苦しんだ経験を踏まえ、2016年に起業。
「働く人のモチベーションを組織の活力へ!」をテーマに、沖縄の企業や個人を対象としたコンサルティングを手掛けている。
那覇市首里生まれ。1男1女の2児の育児中。
頭で分かっていても人は動かない
かつて、私が組織に勤めていた時のエピソードです。
私は総務部に配属していて、社内の人材育成を担当していました。大変な業務ではありましたが、人材育成に関してやりがいを感じていて、自負心を持って取り組んでいました。
ある日、上司から「お願いしたい仕事がある」と会議室に呼ばれました。
「人材育成関連の仕事かな」と思いながら会議室に入ると
「テレビ会議システムを導入したいのだけど、担当してほしい。業者をいくつか選定して、導入に向けて動いてみて」
と予想もしていない業務の指示を受けました。
(テレビ会議というと驚くかと思いますが、今のようにオンラインでの環境が整っていない時代の話です・・・)
「テレビ会議??なぜ私がその仕事をやるの?私は人材育成の業務でいっぱいいっぱいだけど・・・」と心では思いつつ、この業務は確かに総務部の誰かがやらなければならないことだということを自分に言い聞かせて、
「はい、わかりました」
と返事をしました。
しかし、テレビ会議を導入する必要性を自分でも感じていないため、なかなかこの仕事に着手せず、しばらく放置していました。時々上司から
「テレビ会議どう?進んでる?」
と聞かれても
「はい、やります」
と返事するものの、その仕事の意義を感じていないため、「やらなければ」という気持ちより「やりたくない」という思いの方が大きく、行動が起こせませんでした。
そんな私でしたが、その後、ある出来事がきっかけで行動が急に変わりました。すぐにテレビ会議システム導入を進めたのです。
何があったのか。
それは、他部署スタッフからの言葉かけでした。
「こずみさん、テレビ会議システムを導入すると聞いたのだけど、本当ですか。もし導入されたらすごく助かるんです!海外事務所ともリアルタイムでミーティングがしたいので、ぜひ導入をお願いします!」と言われたのです。
この言葉を投げかけられた後、私の行動はすぐに変わり、この仕事をスピーディーに進めていきました。この行動変容は、自分でも驚くほどでした。
なぜ上司から促されてもなかなか動かなかったのが、その後、なぜ急激に変化したのか。
当時の自分では、自分の行動を深く分析できていなかったのですが、組織づくりの専門家として知識や情報を得た現在、その当時の自分の行動が「なるほど!こういうことだったのか」と深く理解できます。
それは、他部署スタッフの声かけが、仕事の意義の評価につながり、さらに私の仕事に対する価値観や基本的欲求に働きかけてくれたことで、行動変容が起きたのだと感じています。
目に見えない価値観や欲求が行動につながる
表面に現れている事柄は全体のほんの一部にすぎないという意味である「氷山の一角」という言葉はよく知られているかと思います。
その言葉と同じ視点から、行動の深層構造を表す「氷山モデル」という考え方があります。目に見える人の行動は、目に見えない、その人の価値観や思い込み、基本的欲求が表面化したものという考え方です。
例えば先ほどの私の事例で、業務の指示を受けてもなかなか動かなかった状態を当てはめると、こうなります。
【出来事】
上司からテレビ会議システムの導入を指示された。
「何で私がこの仕事をやらなければならないのか…」
「現場で本当にテレビ会議が必要とされているのか疑問」
↓
【行動パターン・構造】
テレビ会議システムをなかなか導入しない
上司に促されたら「はい。やります」と返事するけど後回し(わかってはいるけど進まない)
↓
【価値観・思い込み】
・私には知識がない
・本当に今現場の人はこれを必要としているのか
↓
【基本的欲求】
・自分に知識がないことを実行するのは不安
・必要とされていない仕事をすることで自分が認められないのではないか
・みんなに認められたい
・誰かのためになる仕事をしたい
最初にこの業務の指示を受けてもなかなか行動を起こせなかった背景には、「私は誰かのためになる仕事をしたい。テレビ会議システムの導入は、必要とされていない仕事ではないか。必要とされていない仕事をすることで、自分が認められないのではないか」という思い込みや恐れが奥底にありました。
上司からの指示があり、やらなければならないと頭では理解していても、なぜそれをやる必要があるのか、どうして自分がやらなければならないのか、が腹落ちしていないため、行動が伴っていなかったのです。
ところが、他部署スタッフがこの仕事を認めてくれていることを知り、私自身の思い込みや恐れが取り除かれて、「この仕事は誰かの役に立てる仕事なんだ」と価値観に変わり、私の行動が変化していったのです。仕事の意義と自分の価値観がピタッとはまり、行動変容につながったのです。
仮に当時の私が「誰かのためになる仕事をして認められたい」という自分の欲求を理解していれば、上司からこの業務の指示を受けた際に、「この仕事は現場でどの程度必要とされているのか」という根拠を集めたり、周りの声を拾ってみたりというアクションを起こしていたと思います。
そうすることでこの仕事の意義を落とし込みながら、「現場が必要としていないことをやっているのでは」という自分の思い込みや恐れを払拭(ふっしょく)し、前向きにこの仕事に取り組めていたと思います。
また私が上司の立場であれば、指示をする段階で、この仕事の目的意義をしっかり伝えていたと思います。そして、なぜ何度言っても部下が動かないのかを探るために、こまめにコミュニケーションを取り続けて、行動の奥底にある部下の欲求や動機を探っていたかと思います。
人を動かすために大事なことは
多くの企業が既存の事業や働き方を見直していく中、社員が主体的な行動を起こしているか否かが企業存続の鍵を握っていると感じます。
では、どのようにすれば社員の行動を主体的なものに変えられるのか。
今までのように、仕事の内容だけを伝えて、欠点を指摘しながら正解を与えるようなやり方では、常に指示を待っている受け身の人材にしか育ちません。
社員の行動を変えたいのであれば、まず仕事の意義や目的を丁寧に説明することが重要です。ただ作業の流れを説明するだけではなく、なぜこの仕事が必要なのか、この仕事が何につながっているのか、そしてなぜあなたにこの仕事を任せたいと思ったのか。その意義、目的を一人ひとりに合わせた言葉で伝えていくことです。
こう聞くと大がかりなことだと感じるかもしれませんが、例えば「この仕事はチームのこういう点で役に立つ」「こんな風に困っている顧客の力になれる」「この仕事があなたのこういう成長につながる」というような目的や意義をシンプルでいいので丁寧に伝えることです。そして、「この仕事にはあなたのこういうスキルが生かせると思って任せた」というような期待感を伝え、行動を見ながら対話を重ねることがコツです。
その上で行動が変わらなければ、本人がどのような欲求や動機を持っていて、なぜその行動を起こしているのか、言動の奥底まで着目することがポイントです。目に見える言動だけで「正しい。間違っている」と判断せずに、その背景を深掘りするのです。「どういう仕事をしている時が楽しいか」
「仕事を通して自分がどうなっていたいと思うか」
「達成感を味わえる瞬間はどんな時か」
と言った問いかけをしながら、本人が行動を起こすためのスイッチがどこにあるのか対話を通して探り、本人に気づきを与えることです。
また、やらなければならない仕事に対してなかなか思い腰を上げられない自分がいた場合、「無駄な仕事」「自分がやる必要がない仕事」だと思い込んでいないか自分自身に問いかけながら、その仕事の意義や目的を探る努力をしてみましょう。さらに行動の根底にある自分の欲求や動機が何かを明確にするため、自分を知ることを進めていきましょう。仕事の意義と自分の欲求が重なる部分が見えてきた時、気持ちが軽くなりスムーズに行動に移すことができることでしょう。
〜今こそ組織づくりのチャンス!〜
今回は、働く人が目的意識を持って行動を起こすためのコツについてご紹介しました。
Withコロナ時代において、働く人一人ひとりが仕事の意味を感じられ、主体性を発揮した環境が不可欠になってきます。
コロナ禍こそ、今までの組織のあり方を見直す機会と捉え、環境の変化に適応できる持続可能な組織づくりを進めていきましょう!
【執筆者プロフィル】
波上こずみ(なみのうえ・こずみ)
Cosmic Consulting(コズミックコンサルティング)代表。組織コンサルタント
那覇市首里出身。株式会社JTBワールド、一般財団法人沖縄観光コンベンションビューローを経て、2016年Cosmic Consulting設立。
【働く人の生き生きを組織の活力へ】をビジョンとし、主に働き方改革や人材定着、人材育成プログラム構築、組織開発など、人事面から変革を起こすための組織活性コンサルティングを行っており、マスコミ、福祉法人、ホテル業界、飲食業界等、多種多様な業界に対してのべ100社以上のコンサルティング実績を持つ。
コズミックコンサルティングのHP→ http://kozumi-naminoue.com/koz-landing