県などが他国からの武力攻撃を想定して宮古、八重山の先島地方の住民、観光客ら計12万人を避難させる国民保護図上訓練を初めて実施した。「台湾有事」があおられ、行政レベルでも「戦争前夜」が具体化しつつある。12万人の輸送自体が現実からかけ離れた机上の空論だ。災害対策を充実させることが先決であり、戦争を起こさないことに全力を挙げるべきだ。
船舶や1日52便の航空機を集めて毎日2万人余りを輸送し、6日かけて九州へ避難させるという計画である。機材や人員の確保、天候の影響、高齢者や有病者はどうするか、避難者の受け入れはどうするのか、長期化したらどうなるのか、など課題を挙げたらきりがない。
昨年12月の南西地域産業活性化センター(NIAC)の報告書で、危機管理が専門の中林啓修国士舘大准教授は国民保護法の課題として、意思決定、避難、救援、残留民の対応、復旧・復興、生活再建支援など検討すべき課題が非常に多いと指摘した。
東日本大震災では、多くの入院患者や有病者が命を失う悲劇があったことを忘れてはならない。福島第1原発事故で故郷を離れたままの福島県民は、12年たった今も2万人を超えている。命を守る訓練は災害対策にこそ必要だ。
国民保護法は災害対策基本法、災害救助法を下敷きにしているが、災害と違い、武力攻撃が確実と国が判断し「武力攻撃予測事態」を認定することで発動する。国会承認、国の本部設置を経て自治体に指示するというトップダウンの仕組みだ。政府が事態と認定することは、戦争開始の合図として相手国を挑発し、武力行使を誘発しかねない。
そもそも、訓練の前提である「台湾有事」とは何か。台湾を巡る武力紛争に、米国が介入すれば在日米軍基地が標的となる。日本が集団的自衛権を行使すれば日本も攻撃対象になり、敵基地攻撃能力を保有する自衛隊基地も攻撃目標になる。この間の日米合同訓練などを見ると、そのような戦争を南西諸島に限定して戦う想定になっている。
いったん戦争になれば多くが破壊される。仮に避難ができても、復興には莫大(ばくだい)な予算と時間を要する。戦争をしないことに勝る政策はない。戦争を避けることこそが県民・国民の生命、財産を保護することなのではないか。今、政府がやっていることは、米国の中国封じ込めに追随し、米軍と一体となっての戦争の準備ばかりだ。
玉城デニー知事は県独自の外交政策で「対話による緊張緩和」を目指す一方で、緊急時に備えた訓練は必要という立場だ。しかし、戦争と戦争準備による被害や負担を県民が背負わされるのは不条理である。県も市町村も「沖縄を再び戦場にしない」という決意で、政府に強く主張するとともに、独自の自治体外交に向かうべきだ。