<金口木舌>古今東西


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 「必ズドコカデデモ隊ニ打(ぶ)ツカリマス、米国大使館ト国会議事堂ト南平台ヲ結ブ線ヲドコカデ横切ラナケレバナリマセン」。谷崎潤一郎の「瘋癲(ふうてん)老人日記」は都内の安保闘争の様子を描く

▼「瘋癲」はなじみが薄いが、精神の平衡を失った状態のこと。もう一つの意味の「定まった仕事を持たずぶらぶらしている人」の方が聞き覚えがある。「フーテンの寅さん」だ
▼昨年末、22年ぶりに新作「男はつらいよ お帰り 寅さん」が公開された。車寅次郎役の渥美清さんの死去後、シリーズは1997年でいったん終了したが、1作目から50周年を記念して復活した。若い観客もいて、笑いと涙あふれる劇場を久しぶりに見た
▼かつては暮れに新作が上映されるのが年末年始の風物詩だった。自由奔放でいいかげんなのに、どこか憎めない。高度経済成長からバブル崩壊、閉塞の時代―寅さんを追えばこの国の姿も見えてくる
▼渥美さんはもともと喜劇人で、以前の活動を知る人は「寅さん」一色で語られることを嫌う。小林信彦さんは「『寅さん』なんかにしても、僕に言わせると渥美清の本領っていうのは二分の一しか出ていない」との小沢昭一さんの言を紹介する
▼山田洋次監督は先行き不透明な時代にいま一度寅さんに会いたいとの願いで制作した。すっかり変わってしまった今の時代を見たら、寅さんは何と言うだろう。