<金口木舌>ジョン万次郎を物語る古文書


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 初めて出合ったのは小学校の教科書だったか。今の高知県、土佐の国生まれ。漁で遭難したところを捕鯨船に救助されて米国に渡り、日本に戻って日米の懸け橋となった。ジョン万次郎だ

▼勝海舟や福沢諭吉らと共に「日米修好通商条約」批准のための幕府の海外使節団に随行した。海外事情の見識は坂本龍馬や中江兆民にも影響を与えたとされる
▼万次郎が米国から日本に戻った際、最初に上陸したのは沖縄本島南部の大度海岸だった。この漂着事件についてまとめた琉球王国時代の文書「土佐人漂着日記」の現代語訳がこのほど「豊見城市史だより」に掲載された(13日付本紙)
▼西洋の装いの万次郎たちに日本の着物を支給すべきかなど、首里王府にさまざまな伺いを立てていることが見て取れる。酒も提供するなど、万次郎らの帰国後の報告で琉球人の「思いやり」精神が伝わるかもしれないとの思惑も記されていて興味深い
▼古文書は地域史や学校教材にも取り上げられ、いにしえを知る上で重要な史料だ。「椿井文書(つばいもんじょ)―日本最大級の偽文書」(中公新書)が地元で波紋を広げているという。京都府山城地域の自治体史にも引用されている史料が創作だったと指摘している
▼漂着日記はもちろん本物だ。歴史を読む楽しさと記録する重要性を教えてくれる。後世の人が今の公文書のありさまを知ったら何と言うだろう。