社会

<金口木舌>小さな闘士

 NPO沖縄県うちなぁぐち会の刊行物「ゆんたく ひんたく」が手元にある。この会の会長を務め、先日亡くなった桑江常光さんからいただいたものだ。しまくとぅばの普及を熱っぽく説いた姿を思い出している

▼さまざまな顔を持つ人だった。反米・反基地運動に身を投じた。演劇集団「創造」の創設メンバーであった。環境問題に関わり、沖縄市議を5期務めた。体は小さいけれどエネルギッシュだった
▼1960年6月のアイゼンハワー米大統領来沖時には、琉球大学生会によるデモ隊を指揮し、武装米兵と対峙(たいじ)した。学生は大統領の乗った車両を止め、沖縄問題を直訴する計画だった。突出した行動は大人をはらはらさせた
▼ジャーナリスト森口豁さんは著書で「学生運動でひと暴れした闘士」の一人に桑江さんを挙げている。しまくとぅばの保存・継承も本人にとって沖縄の文化を守る運動だったに違いない
▼4年前の本紙インタビューで「しまくとぅばは私の母語です」と答えている。その継承のため「私の残り少ない命を全て、そのためにささげたい」とも語った。その意気に、かつての闘士の片りんを見る思いがする
▼次期首相を決める思惑まみれの中央政界劇を、桑江さんはいかなるしまくとぅばで表現しただろうか、聞いておきたかった。コザの街を拠点とした小さな闘士の情熱をこれからも忘れずにいたい。



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